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<羽生結弦パレード>故郷に感謝 記者会見で思い語る

祝賀パレードを終え、記者会見で古里仙台への思いを語る羽生選手
祝賀パレードをする羽生選手を一目見ようと市民らが沿道を埋め尽くした=22日午後1時40分ごろ、仙台市青葉区一番町3丁目

 言葉にあふれるのは、古里に対するあせることのない思いだった。
 仙台市役所のホールに、けたたましいシャッター音が響く。約300人の報道陣が詰め掛けた記者会見場。羽生結弦選手はメダルに手を当て、深々とお辞儀した。いつもの凜(りん)とした振る舞いの中に落ち着きもあり、帰郷した安心感がにじむ。
 目に映ったのは、故郷のファンの温かい姿だった。「地元だからこその光景。自分にしか味わえない光景が心に焼き付いた」
 ソチ大会はフリーで失敗し、頂点に立っても心から満足できなかった。平昌の金メダルは、右足首のけがに耐えながら圧巻の演技でつかんだ。歓喜のあまりほえ、涙を流した。「みんなの期待と応援を受け止め切れた」。パレードを終え、4年の足跡に思いをはせた。
 得られる限りの栄光を手にした今、地元フィギュアスケート界を気に掛ける。宮城県内の通年リンクは仙台市泉区のアイスリンク仙台のみ。一般営業も行うため、練習時間は限られる。
 2011〜12年シーズンまでアイスリンクで練習を重ね、翌シーズンからカナダに拠点を移した。「本気で世界のトップを目指せる施設の環境が整っていなかった。だからカナダに行き、金メダルを取って戻ってこられた」と回想する。
 「仙台でまたスケートをしたいと思うこともある」と言うほど仙台に強い思い入れがある。一方で「施設が整わなければいけないという現実も感じた」とも。
 4年後の北京大会については明言しなかった。「(自分の活躍で)スポーツが発展し、施設面で苦しむ人を笑顔にするきっかけになれば」。最後まで古里への思いが口をついた。(スポーツ部・佐藤夏樹)


2018年04月23日月曜日


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