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<全町避難>福島・大熊の帰還に過疎化が影 準備宿泊開始の住民、先行きに不安

中屋敷地区の自宅に戻り、綿羊の世話をする三津間さん=福島県大熊町旭ケ丘

 東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県大熊町で24日、準備宿泊が始まり、避難指示解除へ一歩前進した。ただ登録者は少なく、特に中屋敷地区は事故前から過疎が進み、すぐに宿泊できる住宅はごく限られる。住民は「ここが一番落ち着く」と再起を思い描くものの、先行きの不安を拭えずにいる。
 準備宿泊の対象となった2地区のうち中屋敷地区は、同県の田村市、川内村などと接する大熊町西部の山間地にある。一時帰宅が可能な避難指示解除準備区域。国道288号から地区に入る道は狭く、行き交う車はほとんどない。
 農業三津間義一さん(64)は初日から準備宿泊した。綿羊を3頭飼育し、避難先のいわき市から2、3日おきに通った。「少し楽になる。街より静かな所が好きだ」と喜ぶ。
 2009年度の綿羊共進会で最高賞を獲得した。事故後は1歳未満の子羊の出荷規制が今も続く。「規制がいつ解除になるのか」。10年は待つ覚悟だ。
 中屋敷地区は戦後の入植者や国有林の管理に従事する人々が暮らしてきた。戦後間もなくは60軒ほどと小学校の分校があった。原発事故直前は13軒20人に減少。避難で生じた空き家は朽ち、動物に荒らされるなどして多くが解体された。残るのは三津間さん宅を含め3軒程度という。
 「車を運転できるうちに帰って来たい」。設備会社に勤めていた鈴木雅雄さん(66)は、山あいの田に水を張った池でドジョウの養殖に挑む。退職後、本格的に取り組もうと思った直後、原発事故が起きた。
 自宅は解体し、平屋の建物に「研究所」の看板を掲げ、避難先の会津若松市から通う。ただ1人では踏み切れず、「一緒にやる人がいれば」と願う。「住める環境にない」と、まだ準備宿泊の登録はしていない。
 希望世帯には飲用に井戸が掘られ、地域の課題だった携帯電話の不通解消に電波塔も建った。
 会津若松市に避難する中屋敷区長の佐藤順さん(69)は「古里は落ち着く。生活環境は良くなっているが、7年以上の時間は長すぎた」と漏らす。自宅を修繕中で、準備宿泊に登録しておらず、戻るかどうかも思案中という。


2018年04月25日水曜日


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