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<大川小・母たちの7年>大輔が見守っている

大輔君らが眠る墓に手を合わせる今野さん夫婦=11日午前、石巻市針岡

 児童74人と教職員10人が津波の犠牲になった石巻市大川小を巡る控訴審判決が26日、仙台高裁で言い渡される。東日本大震災から7年、幼いままのわが子の写真を見つめ、葛藤を抱きながら数々の「なぜ」を追い続けてきた母親たち。判決に寄せる思いは高まる。(大川小事故取材班)

◎(下)今野ひとみさん

<面影追って>
 時は流れ、周りだけが変化している。
 石巻市の今野ひとみさん(47)は、大川小6年だった長男大輔君=当時(12)=を失った。「あの日から時間が止まっている」。流れについていけないもどかしさを感じる。
 大輔君の友人が車を運転していると聞いた。「同じように免許を取り、私を乗せてくれたかな」。つい思ってしまう。
 大輔君は今年11月12日に20歳になるはずだった。6年になり1人部屋を与えても、週1回は「お母さん、一緒に寝っぺ」と布団に潜り込んできた。甘えん坊のイメージのまま7年が過ぎた。成人した息子の姿をどうしても想像できない。
 市内のビジネスホテルで働く。夕食時、宿泊客の若い男性が何度もお代わりした。「大輔もよく食べる子だった」。ついおかずをサービスする。知らず知らず息子の面影を追っている。

<原告席で涙>
 石巻市教委や第三者検証委員会の説明を何度聞いても納得できなかった。「子どもたちは最後の最後まで怖い思いをさせられた。親として悔しい」。息子の無念を思い、大川小事故を巡る訴訟に参加した。
 仙台高裁での審理は、危機管理マニュアルの不備など事前防災に焦点が当たった。市教委側は「マニュアルを点検していなかった」などと証言。「大人がきちんと仕事をしていれば、子どもたちを守れた」と知り、原告席で悔し涙があふれた。
 一審、二審を通して原告側が何度も申請したが、生き残った男性教務主任(57)の証人尋問は実現しなかった。「証言を強要するくらいなら、出てこない方がいいと思っていた」と打ち明ける。
 亡くなった子どもに対する思いは心底聞きたい。ただ、本当の気持ちは自らの意思で出てこないと話せないのではないか−。時が来るまで待ち続ける。

<夫を励ます>
 夫の浩行さん(56)は原告団の団長を務める。真面目な性格で、26日の判決が近づくにつれて「負けたら、自分の責任になる気がする」と不安げな表情を見せる。「気をもんでもしょうがない」「大輔が見守っている」。重責を担う夫を励ますことが、団長の妻の役目だと思っている。
 月命日の今月11日、夫婦で同市針岡の松山寺を訪ねた。「今野家之墓」には、自宅で大輔君の帰りを待っていて津波の犠牲になった長女麻里さん=同(18)=、次女理加さん=同(16)=、義父浩さん=同(77)=、義母かつ子さん=同(70)=も眠る。
 彼岸の際に供えた花を替え、「こっちの事は心配しないで」と手を合わせた。
 判決後は墓前にこう報告したい。
 「学校側が間違っていたと認められたよ。ごめんねと言っていたよ」


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2018年04月26日木曜日


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