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<大堀相馬焼>福島・浪江の伝統、いわきで引き継ぐ「新たな歴史をつくりたい」

導入した登り窯で初めて焼いた作品を確認する近藤学さん(右)と長男の賢さん=22日、福島県いわき市四倉町

 東京電力福島第1原発事故で福島県浪江町から避難した大堀相馬焼の「陶吉郎窯」が、福島県いわき市四倉地区に伝統の登り窯を備えた工房を再建した。窯元の近藤学さん(64)は「場所が変わっても伝統を継承し、新たな歴史をつくりたい」と意気込む。併設のギャラリーが30日にオープンする。

 10日、長さ約10メートルの登り窯に初めて火を入れた。作品は後継者の長男賢(たかし)さん(37)と合わせ約1000点。交代で5日間、まきをくべて焼き上げた。
 2人は原発事故後、福島市を経ていわき市に避難。3カ月後に同市江畑町に住宅を借りて仮工房を設け、作陶を再開した。全国規模の美術展に出品も続けた。
 300年以上の大堀相馬焼の歴史を育んだ浪江町大堀地区は、帰還困難区域でいまだ帰還できない。二十数軒あった窯元の半数ほどが避難先で活動を再開した。
 「伝統産業にとって土地を離れるのは致命傷になりかねず、みんなで戻って産地を形成したい。ただ、それはかなわない」。近藤さんは地元を離れた場所での本格再開を決断。いわき市に土地と建物を確保した。
 仮工房からガス窯を移し、電気窯、灯油窯などを新たに導入。浪江町時代と同等の環境を整えた。
 重視したのは登り窯の再建だ。主流は焼き上がりが安定するガス窯で、原発事故前も登り窯を使う窯元は2軒だけだった。
 近藤さんは「まきを使う窯は苦労が多いが、ノウハウを全て使って焼く充実感がある。何より伝統を引き継ぎたかった」と言う。
 原発事故は、賢さんが陶芸を学んだ栃木県から半年前に帰郷し、これからという時に起きた。若き後継者は「困難な状況だが、2人で陶芸を続けられている。大堀相馬焼の新しい未来のために頑張りたい」と決意を新たにする。
 大堀相馬焼は疾走する馬の絵付けや表面に細かく入った「青ひび」で知られる。近藤さんは「それだけではない技術の歴史がある。古い意匠の再現や時代に合わせたアレンジにも挑戦したい」と先を見据える。
 ギャラリーでは、今回の新作を含め約500点を展示販売する。工芸作品の展示会や陶芸教室も検討している。午前10時〜午後6時。連絡先は陶吉郎窯0246(38)7855。


2018年04月26日木曜日


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