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<大川小津波訴訟>事前防災に過失 仙台高裁、石巻市教委の責任も認定

仙台高裁前で「勝訴」の垂れ幕を掲げ、心境を語る今野浩行原告団長(手前右端)ら遺族=26日午後2時40分ごろ

 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が、市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、仙台高裁は26日、教員らの避難対応の過失のみを認定した一審仙台地裁判決を変更し、「学校は津波避難場所を定めておくべきだった」として市・県に計約14億3610万円の賠償を命じた。校長ら大川小の幹部と市教委に組織的な過失があったと判示した。学校の事前防災を巡り、法的責任を認めた司法判断は初めて。
 小川浩裁判長は「校長らは児童を守るため、平均より高いレベルの防災知識を収集・蓄積しなければならない職務上の立場にある」と強調。一部学区が津波浸水予想区域を含み、校舎が北上川堤防から西に約200メートルと近接することから「津波で浸水する危険性はあったと言うべきで、予見は可能だった」と認定した。
 大川小の危機管理マニュアルが校庭からの避難場所を「近隣の空き地・公園等」としたのは「不適切」と指弾。校長らは遅くとも市教委にマニュアルを提出した2010年4月までに、堤防付近の三角地帯(標高6〜7メートル)を経由した林道を避難場所と明記し、市教委は内容を確認して不備を指摘すべきだったと判断した。
 マニュアル整備の段階で、保護者への児童の引き渡し手順や周辺住民との認識の共有を進めていれば、震災当日に約35分間、校庭に待機しなかったと指摘。「適切なマニュアルがあれば、地震発生から6分後の大津波警報発令時点で林道への避難を開始し、事故を回避できた」と結論付けた。
 大川小では児童74人と教職員10人が津波で死亡・行方不明になった。16年10月の地裁判決は市・県に計約14億2660万円の賠償を命じ、遺族と市・県の双方が控訴した。
 高裁判決を受け、石巻市の亀山紘市長は「大変厳しい結果だ。上告するかどうかは白紙。早い段階で方針を決めたい」と述べた。村井嘉浩知事は「今後の対応は、学校設置者の石巻市の意向を最大限尊重して決める」と話した。

[大川小津波事故]2011年3月11日午後2時46分に宮城県沖で起きたマグニチュード(M)9.0の東北地方太平洋沖地震による津波で、石巻市大川小の児童108人のうち70人が死亡し、4人が今も行方不明。教職員11人のうち男性教務主任を除く10人も犠牲となった。校長は休暇で不在だった。学校は北上川河口から約3.7キロ離れ、海抜約1.1メートル。市の津波ハザードマップでは浸水予想区域外だった。地震発生の約50分後に津波が襲来し、最高水位は高さ約8.7メートルに達した。学校管理下で戦後最悪の事故とされる。


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2018年04月27日金曜日


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