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<災後に育つ>(下)古里を学ぶ 学校再開、手探りの教員

学校再開のセレモニーに向け、打ち合わせをする小中学校の教職員ら=4月4日、福島県富岡町

 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の発生後、2011年度に生まれた子どもたちが今春、小学1年生になった。災後の混乱に見舞われた地域や家庭で育った児童らを、いかにケアするか。震災の風化が危惧される今、「あの日」の経験や古里をどう伝えるか。学校や子育て支援の現場から、7年を経た現状と課題を見つめる。(震災取材班)

<苦難理解を>
 東京電力福島第1原発事故後、閉鎖された町内の小中計4校を一つの校舎に集約し、7年ぶりに地元で学校を再開した福島県富岡町。着任日の4月2日、岩崎秀一富岡一小校長(59)が居並ぶ教員に語り掛けた。
 「原発事故や緊急避難など富岡の7年間を知ることから始めよう」
 ランドセルも持たずに、去らざるを得なかった町並み。子どもは突然の転校や友だちとの別れでストレスを抱え、保護者は家や仕事を失い、不安の中で避難生活を続けた。岩崎校長はパワーポイントを使い、空白の7年を丁寧に講義した。
 4校の児童生徒は計17人。半数の家庭が町出身者だが、小学校の教職員9人のうち町で勤務経験があるのは同町出身で震災時、富岡二小教頭だった岩崎校長だけ。「教員は児童、家庭の苦難を理解することが欠かせない」と強調する。

<わずか3%>
 富岡町をはじめ、原発事故に伴う避難指示が解除された県内の5町村は今春、小中学校を再開した。災後生まれの小学1年生を含め、地元に戻った児童生徒は事故前のわずか3%、計135人にとどまる。
 「町の未来を担う子どもに、なじみの薄い古里への思いをどう育んでもらうか」「原発事故をいかに伝えるか」「超少人数学級による学校運営の在り方とは」。現場は前例のない難問に手探りで挑戦する。
 いわき市出身で採用3年目の西丸賀子(さいまるのりこ)教諭(24)は1、2年生計3人の複式学級を担任する。「ここが子どもの古里になる。住民から私自身も学ばなければ」と思いを新たにする。
 震災時は高校生だった西丸教諭は1カ月ほど友人宅や親類宅を転々とした。「当時は無力だった。今は不安もあるが、復興の力になりたい」と意気込む。
 ストレスを抱えた児童や家庭もあるとみられ、小熊身知(みち)養護教諭(33)は「精神面の不調がないかどうか、普段の会話から拾い上げたい」と気を配る。

<低い就学率>
 5町村の学校再開は、子育て世代が待ち望んでいたとは言い切れない。放射線への拭えぬ不安、不十分な生活環境、避難先で築いた新生活。就学率の低さが数々の不安を物語る。
 人工芝の校庭や校舎改修に約15億円を投じ、浪江町が今春開設したなみえ創成小中学校。児童生徒計10人は、5町村で最も少ない。
 小学校の馬場隆一校長(55)は「賛否両論があるのは知っている。ここに集った子どもたちは浪江の宝。ただ戻れない、戻らない家庭の気持ちも分かる」と率直に明かす。
 町域の8割は、なお帰還困難区域。傷んだ家々が点在し、人影はまばらだ。
 同町出身で1年生3人を担任する教務主任の今井好子教諭(55)は「校舎はきれいでも、普通の場所とは違う。どうして人が少ないのか。町に何があったのか。震災を知らない子どもたちにどう伝えていくべきか模索したい」とかみしめる。


2018年05月01日火曜日


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