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鎮魂と復興 新たな一歩 東松島「青い鯉のぼり」8回目

「こいのぼりが泳ぐ姿を見ると律を思い出す」と話す伊藤さん

 「律、見てるか」。東松島市大曲浜の空。約600匹の青いこいのぼりが伸びやかに泳ぐ。東日本大震災で、伊藤健人さん(25)は5歳だった弟の律ちゃんを亡くした。「青い鯉(こい)のぼりプロジェクト」を主導して8年目。今春、同市の正職員となった。気持ちを新たに、弟の鎮魂と地域の復興を願う。

 「今年も掲揚できて良かった。亡くなった家族への思いは今も変わらない。この7年で全国から寄せられた気持ちと共に、こいのぼりに乗せたい」
 同プロジェクトの共同代表を務める伊藤さんは4月15日、空を見上げて、ほっとした表情を見せた。掲揚は5月5日まで続く。
 始まりは1匹だった。
 震災の津波で母智香さん=当時(45)=と、同居する祖父母も失った。大曲浜にあった自宅は全壊した。
 被災から間もなく、がれきが残る庭で、泥にまみれた長さ約3メートルの青いこいのぼりが目に留まった。
 震災前を思い出した。伊藤さんの庭では、町内でもひときわ目立つこいのぼりを揚げていた。「僕のだ」とはしゃぐ律ちゃんの姿が目に浮かぶ。伊藤さんは避難先だった母親の実家に持ち帰り、庭に掲げた。
 それから間もなく、話を聞いた支援者が提案した。
 「律ちゃんと同じように亡くなった子どもたちのため、鎮魂と復興への願いを込めて掲揚してはどうか」
 伊藤さんも賛同した。震災から約1カ月、急きょ全国から青いこいのぼりを募った。寄せられたのは約200匹。その年の5月5日、被災地の空に泳がせた。
 翌年は3月11日にも青いこいのぼりを揚げた。伊藤さんは当日、打ち込んできた和太鼓をたたき、追悼の思いを天に届けた。
 震災時に高校2年だった伊藤さんは大学卒業後の2016年4月、「復興に携わりたい」と市の任期付き職員になった。商工観光課に配属され、イベントで地元の魅力を発信した。
 航空自衛隊松島基地の曲技飛行チーム「ブルーインパルス」。特産のノリ、カキ。おいしい飲食店。商店主の温かさ。自分の知らなかった東松島の魅力に気付き、改めて市職員への思いを強くした。
 正職員としての最初の職場は税務課。「市税は市政運営の根っこ。勉強になる」と気を引き締める。こいのぼりに託した思いを胸に、市政復興の一員として歩みを進める覚悟だ。


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2018年05月03日木曜日


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