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<漁師縁組 青森・佐井村>移住者たちの1年(上)自立へ 網や釣り学ぶ

ヤリイカ漁の定置網を引き上げる松本さん(右)=4月20日午前7時ごろ、佐井村の磯谷漁港沖

 津軽海峡に面した過疎の村、青森県佐井村に漁師を志す若者がやって来て1年が過ぎた。後継者不足の特効薬と期待して村が始めた「漁師縁組事業」。地域で手ほどきを受けながら、一人前の漁師を目指す男たちそれぞれの悲喜こもごもの日々を追った。(むつ支局・勅使河原奨治)

◎元営業マン 松本大祐さん(35)=東大阪市出身=

 春の朝日が津軽海峡の水面(みなも)を照らし、大阪府東大阪市出身の青年の茶色い髪をいっそうきらめかせる。
 「せーの」「せーの」。戦前、戦中生まれのベテラン漁師のつぶやくような掛け声に合わせ、松本大祐さん(35)が力いっぱい網を引き上げる。

<ウニをがぶり>
 4月下旬、佐井村の磯谷漁港。小型定置網でのヤリイカの水揚げは数十匹で、まずまずの漁だった。
 「言葉はあんまり通じないけど、いてくれて助かる。2人では無理だった」。指導役の川村昇一さん(75)が、目を細める。
 磯谷地区のヤリイカ漁は通常5人一組。高齢化で仲間が次々といなくなり、川村さんは今春、隣の漁師(88)と2人で漁に出ることも覚悟した。磯谷で最年少漁師の松本さんの存在が浜を活気づける。
 イカ漁から戻ると、川村さんの妻美代子さん(71)も入って、朝ご飯を食べながらウニの殻むき作業だ。
 「息子が帰ってきてくれたみたい」と喜ぶ美代子さんが握ったおにぎりの上に、殻から取ったばかりのウニを一つ、二つ、三つと載せ、こぼれそうになったところをがぶり。

<「数字」に嫌気>
 「大阪にいたときは、高すぎて口にしようとも思わなかった」と松本さん。高校を中退し、パチンコ店や引っ越し業、エアコン工場など職を転々とした後、携帯電話を売る定職に就いていた。
 「数字に追われ、365日仕事の電話が鳴り、嫌気が差した」
 田舎暮らしに憧れ、ネットで村の事業を知って迷わず飛び込んだ。昨年4月に村に移住し、佐井地区、牛滝地区で大型定置網漁や釣り漁などを学び、春から磯谷地区で暮らす。
 憧れの漁師にも出会った。高級魚のウスメバルを短時間で大量に釣り上げる腕の持ち主だ。何度も通い詰め、秘密の仕掛けを教わった。
 村から給料がもらえる5年がタイムリミットだ。それまでに自立できる漁業スタイルを確立しなければ、暮らしていけなくなる。
 「ウニ漁も網も1人ではできない。いろんな漁を学んで自立できる道を探したい」と語る松本さん。
 「やる気があるなら、道具は全部くれてやってもいいんだ」。川村さんが後押しする。

[漁師縁組事業]全国から漁師志願者を募り、地元漁師らの協力で育成する。佐井村が2017年度に始めた。4人が応募し、退職した1人を除く3人が研修を続けている。最長5年間の期間中、村は生活費相当の定額を支給。志願者は漁業に必要な技術や資格を習得する。研修終了後、漁協の正組合員や準組合員として村で漁業経営を担う。


関連ページ: 青森 社会

2018年05月03日木曜日


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