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「福島復興」へ覚悟の船出 南相馬・抱月荘12日営業再開 苦難越え2世代で挑む

抱月荘の再開準備を進める章司さん(左)と明彦さん

 東京電力福島第1原発事故に伴い業務不能となった南相馬市原町区馬場の旅館「抱月荘(ほうげつそう)」が12日、営業を再開する。事故から7年。親子2世代が放射線量や風評被害、施設の維持など多くの難題に立ち向かい、再出発にこぎ着けた。

 1970年開業で客室から眺める約1万平方メートルの庭園が自慢だった。鉱泉の湯があり、ランチや宴会、宿泊を楽しめる市民の奥座敷として、首都圏の客らにも親しまれた。
 2代目経営者の高藤章司さん(71)が3代目の長男明彦さん(43)に商売を教え始めた頃、東日本大震災の激しい揺れが襲った。柱がきしみ、壁の一部にひびが入った。間もなく電気も復旧し、津波の被災者らを受け入れた。
 だが原発が水素爆発を起こす。「メルトダウンしたら大変だ。逃げろ」の声に押され、2011年3月13日に家族全員で避難した。
 章司さん夫妻は親族を頼って埼玉県に、明彦さんは妻の郁子(ふみこ)さん(34)、子ども2人と郁子さんの出身地熊本県に避難した。「当時は何も考えられなかった」と章司さん。明彦さんも「親子離れ離れ。もう帰れないと思った」と話す。
 何より子どもへの放射線量の影響が心配だった。当初、庭の高い場所で毎時12マイクロシーベルトあったという。宅地や庭、山林の除染を追加分も含めて4回実施。専門家の計測で、宿泊に問題ない程度まで下がった。
 「苦労して築き上げた旅館。何とか守りたい」。先に戻った章司さんはネズミなどの出始めた施設の清掃に追われた。営業判断は明彦さんに任せた。
 再開の決め手は、当初不安を抱えていた郁子さんが3人になった子どもを連れて帰る判断をしてくれたこと。「駄目もとでもやってみよう」。2年前に明彦さんが決断、抱月荘に戻った。なじみの客や市民の声援にも後押しされた。
 官民合同の支援を受けて事業計画を練った。線量の安全対策や部屋の改修工事を施した。従業員も家族を含む9人を確保。食材や地酒などできるだけ福島産を用いることにしている。
 「風評被害もあり、再開を理解していただくには時間がかかるかもしれないが、『福島の復興』を常に考えたい」と料理長でもある明彦さん。章司さんは「これからも壁が立ちはだかるだろう。立ち向かうのは息子だが、いざとなったら自分が矢面に立てばいい」。2世代で踏ん張る覚悟だ。


【抱月荘】南相馬市原町区馬場川久保3。当面は大小10部屋のほか大宴会場などで始める。ランチ2200円、宿泊1泊2食9000円から。連絡先は0244(23)5826。


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2018年05月10日木曜日


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