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<大川小訴訟>原告団長に聞く/勝訴にも心境複雑 無関心が一番怖い

こんの・ひろゆき 1962年2月、石巻市生まれ。東日本大震災の津波で、大川小6年だった長男大輔君=当時(12)=を失った。自宅で大輔君の帰りを待っていた父浩さん(77)、母かつ子さん(70)、長女麻里さん(18)、次女理加さん(16)=いずれも当時=も津波の犠牲となった。2014年3月の提訴時から原告団長を務める

 東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が犠牲になった石巻市大川小を巡る損害賠償請求訴訟は、被告の市と宮城県が上告し、舞台は最高裁に移る。提訴から4年2カ月。児童23人の19遺族の先頭に立った原告団長の今野浩行さん(56)は一審に続く勝訴にも「やるべきことをやっていれば子どもたちは死なずに済んだ」との思いを募らせている。(大川小事故取材班)

◎原告団長 今野浩行さんに聞く

<学校防災の礎に>
 <仙台高裁の控訴審は事前防災が最大の争点となった。原告の主張がほぼ認められたが、原告はジレンマを抱える>
 われわれの主張が認められれば認められるほど、助かった命、助けなければならなかった命ということになる。事前に市教委や学校側がやるべき備えをしていれば、子どもたちは死なずに済んだことが明らかになり、複雑な心境だ。
 一審では津波が襲来する7分前で津波の予見可能性を認めたが、これでは同じ悲劇を繰り返す。高裁判決後、墓前に判決文を置き、「判決内容を実施すれば同じ悲劇が防げる」と報告した。
 裁判に勝っても子どもたちが味わった恐怖が和らぐことはない。津波にのまれ、もがき苦しみながら死んでいった事実は何も変わらない。残念だが、過去は変えられない。ただ、この判決が「学校防災の礎」となり、大川小の悲劇を教訓にして未来の子どもたちの命を守ってほしい。

<事後問わず不満>
 <一審同様、証言メモの廃棄や市長の「自然災害の宿命」発言など、事後対応は不法行為と認定されなかった>
 二審で市教委と学校による遺族への事後対応と、現場の先生の責任が不問とされた点は不満が残る。市教委の事後対応に法的責任はないとされたが、メモ廃棄などは許される行為ではない。
 被災地全体を見渡しても、学校管理下で多数の児童が犠牲になったのは大川小だけだ。子どもは自分の判断では動けない。あの場では先生の避難指示に従うしかなかった。教員としての責任は残ると思う。

<検証続けていく>
 <高裁判決は約14億円の賠償を認めた。一方、遺族はインターネット上などで「金目当て」など誹謗(ひぼう)中傷にさらされ続けている>
 最初は腹が立ったが、最近はネットは見ていない。ネットで誹謗中傷する人も賠償金に関心を持つ人も、大川小で何があったのかは分かっている。
 問題は、海や川の近くに住みながら無関心な人たち。万が一、また子どもたちが犠牲になったら、何のために誹謗中傷に耐えてきたのか分からなくなる。どんな形であれ、大川小事故に興味関心を持ってもらいたい。無関心が一番怖い。
 <最高裁の判断が出るまでさらに時間がかかる>
 原告は自分も含めて年上の順から大病を患っている。原告ではないが、亡くなった遺族もいる。生きているうちに判決を聞きたい。原告が一人も欠けず、その日を迎えることが最大の目標だ。
 最高裁の判断に期待するのは、次のステップに進めるかどうか。未来の命を真剣に守ろうとする仲間たちと検証を続けていきたい。裁判が終わってから、本当の戦いが始まる。


関連ページ: 宮城 社会 大川小

2018年05月17日木曜日


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