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<日本海中部地震35年>津波逃れた秋田の女性、紙芝居で教訓伝え続ける

手作りの紙芝居で読み聞かせする山本さん。語り口に力がこもる

 秋田、青森両県と北海道で104人の命が奪われた1983年の日本海中部地震から、26日で35年になる。秋田県八峰町で津波を逃れた山本百合子さん(75)は、手作りの紙芝居を手に語り部を続ける。「教訓を後世に伝えたい」。その一心で言葉を編む。

 同町八森小で22日に開かれた読み聞かせ教室。地元サークル「おはなしの会かもめ」代表の山本さんが、4年生約20人に語り掛ける。日本海中部地震をテーマにした紙芝居「きたー。じしん、つなみ」が教材だ。
 「35年前、津波で大切な命が失われた。地震が起きたら、すぐに津波が来ると覚悟をして高台に逃げて」
 83年5月26日午前11時59分、日本海を望む漁師町を激しい揺れが襲った。地元商工会で勤務中だった山本さんは机の下で揺れが収まるのを待った。外に出ようとドアを開けた瞬間、目前を白波が走った。
 「津波だ」
 逃げ惑う人々の叫び声と建物が崩れるごう音におびえながら高台を駆け上がった。高さ14メートルに達した津波は地元の漁業者ら男女10人の命をさらった。
 退職後の2004年、山本さんは有志でサークルを設立。活動の一環として広い世代が親しめる紙芝居を作り、学校や高齢者施設を回るようになった。地震の伝承は今年で10年となる。
 地震後、遺族への気遣いから津波の話題を避けてきた。だが、悲劇から20年以上たち、災害の記憶が風化するのを止めたかった。
 「目の前で友人が波にさらわれた」「もっと早く逃げていれば…」。紙芝居作りのため住民に聞き取りし、時を経ても癒えない心の傷に触れた。
 津波から逃れようと船を出す漁師、救出活動に尽力する住民−。描き上げた17枚の紙芝居を読むたびに見慣れた顔が頭に浮かぶ。語り口は熱を帯びた。
 15年春、東日本大震災で被災した石巻市を訪れ、津波で息子を失った男性に出会った。息子は両親を捜しに車で会社を出た後、濁流にのまれたという。
 淡々と語る男性に掛ける言葉が浮かばなかった。「伝え続けることが自分にとって大切な命を救う唯一の方法だ」と改めて感じた。
 「自然の力にはあらがえない。ただ、そこには必ず助かるはずの命がある」。誓いを胸に、これからも言葉を紡ぐつもりだ。


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2018年05月25日金曜日


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