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<日本遺産>山形の「山寺が支えた紅花文化」追加

紅花が北前船で京都に運ばれる様子を描いた「紅花屏風(びょうぶ)」(山寺芭蕉記念館所蔵)

 文化庁は24日、地域の有形、無形文化財をテーマでまとめて魅力を発信する「日本遺産」として新たに13道県の13件を認定した。第4弾となる今回で計67件となった。新たな日本遺産は山形県村山地方に伝わる「山寺が支えた紅花(べにばな)文化」のほか神奈川、静岡両県にまたがる箱根の旧東海道を中心とした「旅人たちの足跡残る悠久の石畳道」や、鬼退治の伝承に関係する史跡などで構成する「『桃太郎伝説』の生まれたまち おかやま」など。自治体から申請があった76件の中から有識者が選んだ。
 日本遺産は東京五輪・パラリンピックが開催される2020年までに約100件に増やす。今回は山梨、静岡、宮崎の3県で初めて認定。日本遺産がないのは岩手、東京、鹿児島、沖縄の4都県となった。

◎上方交易のたまもの 優雅

 山寺と呼ばれて親しまれる立石寺(山形市)は、慈覚大師円仁(794〜864年)が開いたと伝わる。
 山形県村山地方(山形、寒河江、天童、尾花沢市、山辺、中山、河北町)の紅花栽培は、古刹(こさつ)に見守られるように江戸期に最も栄えた。最上川舟運と北前船交易で京の都に運ばれ、上方との交易が富と豊かな文化をもたらした。
 紅花で財を成した豪農、豪商の蔵屋敷が今も数多く残る。みやびなひな人形、紅花染めの衣装の舞楽に上方文化の影響がうかがえる。円仁が第3代座主を務めた比叡山延暦寺(滋賀県)との縁もあって、山形に店を構える近江商人が少なからずいた。
 俳人松尾芭蕉は江戸前期、山寺参拝の道すがら、紅花畑を前に「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」「行末(ゆくすえ)は誰が肌ふれむ紅の花」と句を詠んでいる。


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2018年05月25日金曜日


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