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<Eパーソン>仙台でソフト開発を

[キニ・グレン・マンスフィールド]インド・西ベンガル州の大学を卒業、東北大大学院修了。同大大型計算機センター助手などを経て、1997年に創業。宮城県警サイバー犯罪対策テクニカルアドバイザーを2016年から務める。62歳。インド・カルナータカ州出身。

◎サイバー・ソリューションズ キニ・グレン・マンスフィールド社長

 ネットワークセキュリティーの機器などを国内外に販売するサイバー・ソリューションズ(仙台市)は、大学発ベンチャーとして創業から20年がたった。インド出身のキニ・グレン・マンスフィールド社長に、これまでの取り組みや今後の展望などを聞いた。
(聞き手は報道部・近藤遼裕)

 −仙台に来た経緯は。
 「情報処理を学んだインドでの学生時代、教授らから日本の話を聞き興味を持った。当時の日本は言語処理などをする人工知能の研究開発が進んでいたことも理由の一つ。東北大を選んだのは、情報処理分野の研究室が強かったからだ」
 −なぜ安全対策技術の分野なのか。
 「東北大の研究室で助手だった時に初めてパソコンを見て、新しいことができると直感した。ネットワークのプロジェクトで膨大な量のデータを扱っているうちに、データ通信の管理や監視に興味を持った」
 −異国で苦労もあったと思う。
 「創業当時はネットワークの安全対策に対する世間の関心は薄く、思うようにいかなかった。言葉の壁もあった。国のプロジェクトに応募するには数百枚の書類を出す必要があったが、日本語の読み書きが苦手だったので、1台15キロもあるパソコンを何台も手で運んで東京に行き、開発したソフトを実際に見せて仕事を勝ち取ってきた」
 −仙台から商品を発信し続ける意味は。
 「ソーシャルネットワークが発達した現代で、場所は関係ない。どこでも、誰とでもつながることができる。宮城県内にはソフトウエア開発の会社や知識を持つ人が少なく、情報処理を学びたい人が県外に流出している。ソフトウエア開発も立派な製造業。そういう人たちの雇用の受け皿になりたいと思う」
 −今後の展望は。
 「ソフトウエアのメーカーを地元でつくることが夢。そのために高い技術を持った人材育成が欠かせない。県内の大学で情報処理の授業を受け持ってきた。パソコン一台あれば一人でも起業できる時代だ。若い人たちには足元のチャンスを見逃さず、いろいろなことに挑戦してほしい」


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2018年05月30日水曜日


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