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<杜の都のチャレン人>作陶に新風吹き込む

「日々の積み重ねで、できることが増える」と地道に土と向き合う針生さん=仙台市泉区上谷刈の堤焼乾馬窯

◎伝統工芸堤焼の次代を担う 針生峻さん(32)

 仙台藩ゆかりの伝統工芸である堤焼は300年以上の歴史を持つ。その技を唯一受け継ぐ仙台市泉区の堤焼乾馬(けんば)窯で作陶に明け暮れ、5年近くが過ぎた。歴史の重みをひしひしと感じつつ「自分らしく、新しい物作りに挑戦していきたい」と、日々もがいている。
 祖父は2016年に88歳で亡くなった4代目針生乾馬さん。ずっと物作りの現場近くで育った。「格好いい」。陶工たちを横目で眺めつつシステムエンジニアの道へ。「職人は大変。美術的才能もあると思えなかった」と振り返る。
 11年3月の東日本大震災が転機だった。器のほとんどが割れ、4基の窯が壊れた窯場の惨状に強い衝撃を受けた。「運良く生き延びられたのだから、本当にやりたいことをやろう」。決意とともに込み上げてきたのは、ずっと内に秘めていた職人への憧れだった。
 「やるのか」。祖父は笑顔で歓迎してくれた。陶芸の道を勧められたことはなかったが、自分と同じ道を志した孫の決断は、やはりうれしかったのだろう。
 作陶の心得は全くと言っていいほどなかった。先輩が数分で終える作業に、最初は30分ほどかかった。事細かな技術を口で伝えず、先輩たちの作業を目で見て覚えるといった、効率を無視した情報伝達の方法にも面食らった。
 作業に慣れ、職人の考え方に違和感を覚えなくなった2年目。自分の湯飲みが初めて商品になった。「やっと1個できた」。その時の達成感は忘れられない。
 伝統を損なわず、自分らしさを出そうと試行錯誤する。「お通しを載せる板皿がほしい」。行きつけのバーの店主の言葉をヒントに、ろくろを使わない皿作りにも挑戦した。堤焼の他の職人は、それまであまり手掛けていなかった。
 「4代目も新しい物に挑戦している。『これじゃないと駄目』とこだわらず、器を使う人の意見に耳を傾けながら、高みを目指していきたい」(也)
=土曜日掲載

[はりう・しゅん]85年仙台市生まれ。石巻専修大経営学部卒。仙台市のIT企業に就職し、5年間勤務した後、13年夏から堤焼乾馬窯で陶器作りに従事する。5代目乾馬氏は叔父。泉区在住。


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2018年06月02日土曜日


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