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<あなたに伝えたい>仕事教わり手伝いたかった

会社の事務所の仏壇で滝子さんに思いをはせるひろみさん

◎山内ひろみさん(宮城県石巻市)滝子さんへ

 ひろみさん 母が40代の頃に父が亡くなり、母が社長や会長として会社を引っ張りました。男社会でも負けない気丈な性格で、宮城県産業廃棄物協会の理事も務めました。
 廃棄物を分別する作業は誰よりも速く、パワーショベルなど重機も自分で動かしていました。現場に朝早く出掛け、とにかく仕事が好きな人でした。
 私はというと、口うるさい母への反発もあり、若い頃に石巻を離れました。震災時も東京に住んでいましたが、母が亡くなり、私が母の遺志を継がなければという思いが募って帰郷しました。2012年1月に社長に就き、失敗しながらも何とかやってこれました。
 震災の年の8月、母のお別れの会を開き、約500人が参列してくれました。秋には事務所に仏壇を置きました。仕事好きの母なら会社に居たいのではないかと思って。気持ちを落ち着かせたい時は、いつもここで手を合わせています。
 昨年、石巻市にある旧石巻青果花き地方卸売市場の一部建物の解体工事を請け負いました。遺体安置所になった場所です。母の遺体も一時収容されました。菩提(ぼだい)寺の住職にお願いして解体前に法要を営み、母や地域で亡くなった方々の冥福を祈りました。
 ママへ。震災前に戻れるなら、たくさん教わることがあったし、もっと手伝ってあげられたらよかった。苦労する私を見て「ほら、見なさい」と思っているのかな。ママを見習って地域を大切に歩んでいきます。

◎男社会にも負けず会社引っ張った母

 山内滝子さん=当時(72)= 石巻市の産業廃棄物処理会社「重吉興業」の会長だった。現社長の長女ひろみさん(55)と長男を育てた。東日本大震災発生直後、会社の事務所から車で帰宅途中、津波に巻き込まれた。8日後、従業員が付近を重機で捜して遺体を見つけた。


2018年06月10日日曜日


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