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<戊辰戦争150年>私財投じ鶴ヶ城跡保存に奔走した元会津藩士、遠藤敬止の功績しのび仙台であす慰霊祭

鶴ケ城北出丸にある頌徳碑
遠藤 敬止

 戊辰戦争に参加した会津藩士で、明治時代に現在の七十七銀行頭取や仙台商工会議所会頭などを務めた遠藤敬止(1851〜1904年)の法要が17日、仙台市青葉区新坂町の充国寺で執り行われる。戊辰戦争150年の今年、鶴ケ城跡保存に力を尽くした功績を改めて学び、しのぶ。

 遠藤は会津藩士の長男として生まれた。戊辰戦争が始まると18歳で会津軍に従い転戦。最後の若松城(鶴ケ城)籠城戦に加わった。
 開城後は慶応義塾で経済学を学んだ。大蔵省に務めた後、1881年七十七銀2代頭取に就任。同4代頭取、仙台商議所会頭などを務め、東北経済の基盤づくりに貢献した。
 90年、政府による鶴ケ城払い下げが決まると旧藩主松平家に渡るよう私財をなげうって奔走。「戊辰戦争で亡くなった幾千もの魂が残る。保存して千古の記念とすべきだ」と訴え、実現させた。鶴ケ城は後に会津若松市に譲渡された。
 地元の顕彰会は1971年、遠藤をたたえる「頌徳(しょうとく)碑」を鶴ケ城北出丸に建立した。戊辰150年の記念事業を発信するウェブサイト「会津の先人たち」で「鶴ケ城跡保存の恩人」と紹介している。
 慰霊祭は例年、顕彰会が碑前で開催。百回忌(2003年)といった節目には墓地がある充国寺で行ってきた。今回は午前11時から法要があり、顕彰会や経済関係者らが参列する。
 顕彰会の新城猪之吉会長(末広酒造社長)は「遠藤翁がいなかったら鶴ケ城は知らない人の手に渡り、なくなっていたかもしれない。会津のシンボルとして城が今に残る歴史を、戊辰150年を機に多くの人に知ってほしい」と話す。


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2018年06月16日土曜日


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