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<仙台いやすこ歩き>(82)ずんだシェイク/枝豆風味冷たく爽やか

 「ここから歩いて登るんだ」「うん、そう。私たち、いやすこ歩きだもん」
 歩きだしたのは地下鉄東西線国際センター駅で、目指したのは仙台城跡。かんかん照りの太陽に、これからの坂道を思い冒頭の会話となってしまったわけだが、大手門跡を曲がった途端、2人はにっこり。立派な杉並木は豊かな木陰をつくり、心地よい風を吹き渡らせている。
 大きく曲がる坂道を行けば、ほどなく見事な石垣。「圧巻だね。豪壮にして優美。お城もさぞかし素晴らしかっただろうね」とカメラをカシャカシャ。観光バスから手を振る外国人に応えたり、遺構の案内板をのぞき込んだり、まるで旅人気分。最後の階段を上って本丸詰門跡に立つと、その真正面で迎えてくれたのは伊達政宗騎馬像である。
 約400年前に仙台のまちを開いた伊達政宗は、食に関しての探求も並々ならなかったと伝わる。そんなグルメ大名・政宗の本拠跡にやって来たのだ。
 「喉もかわいたし、まずは何か」と、いやすこは資料館もあるお土産どころの本丸会館に寄ることに。仙台観光といえば城は欠かせないが、お土産も大事。どんなものが並んでいるかとのぞけば、ずんだ商品の多いこと。餅にだんご、クッキー、ショコラなどなど。そういえばずんだの語源の一つに、政宗率いる「陣」では「太刀」を使って枝豆をすりつぶした「じんだ↓ずんだ」に由来するという説もある。
 政宗もずんだは食べていたのだろうか。そんなことをあれこれ話しながら、本丸会館隣のずんだ茶寮「ずんだシェイク」のコーナーへ。今日のいやすこはこれ!とお店の人に少し話を伺う。爽やかな笑顔で答えてくれたのは半沢恵美さん(43)と横田夕梨花さん(22)だ。
 まず、材料は厳選した牛乳を用いたバニラテイストと、同店特製のずんだあん。注文を受けてから材料をジューサーでブレンドして出すのだが、「繁忙期には1日1000杯以上出ることもあるんですよ」と半沢さん。「修学旅行の子どもたちや観光の人たち、いろんな世代の方々がいらっしゃいます」と横田さん。
 と、3人の男性がずんだシェイクを注文し、おいしそうに飲み始めた。会社の研修と観光を兼ねた旅行でそれぞれ福岡、広島、岡山から来ているという。なんと、ずんだシェイクの存在は元々知っていたし、しかも「お土産にずんだ餅を頼まれています」とも。
 では私たちもと注文。一口飲んだとたんに、フゥ〜。冷たくて、枝豆の風味も爽やか。「このつぶつぶ感、喉越しを邪魔せずちょうどいいし、甘過ぎないし」と、カップを片手に本丸跡を回り始める。政宗が見ていた肥沃な仙台平野と海を展望したり、修学旅行でやってきた岩手県の子どもたちと話したり、資料が充実している仙台城見聞館をのぞいたり。
 見聞館では「本丸とは、今で言う県庁のようなところで、政宗公は現在仙台市博物館となっている三の丸を住まいとしていて、そこから毎日、登城していたんですよ」と教えてもらう。その登城路は今も残っているというので、散策へ。「ねえ、もう1杯飲まない?」「もちろん」。2杯目のずんだシェイクもお供する。

◎食材重視し来客もてなす

 『政宗公御名語集』によると、伊達政宗は毎日、朝夕それぞれの献立に目を通していたという。さらに、そこには彼の料理への心構えが幾つかの言葉で伝わっていて、最も有名なものとして、「少しもまた料理心のなきは拙き心なり‥」(少しも料理心がない者は心が貧しい‥)とあり、いかに政宗が料理、つまり「食」というものに深い関心を抱いていたかがうかがわれる。
 食に対するこだわりは、心を込めたもてなし料理の献立にはっきりと見ることができる。江戸屋敷に3代将軍徳川家光を迎えた際の供応料理は、献立作成に政宗自ら加わったといい、記録を見ると、素材に仙台からの献上品である鶴やサケ、また大根、タラ、マスなどが使われている。
 10代藩主伊達斉宗の時代に仙台城を訪れた大阪豪商への料理の記録も残っていて、そこにも地域の食材を重視し、旬を大切にするという政宗流のもてなしの精神が受け継がれているのが見て取れる。

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 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2018年06月25日月曜日


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