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<ニュース深掘り>岩手・宮城内陸地震10年 山地の記憶継ぐ機会に

地震発生直後の荒砥沢崩落地と土石流の被害に遭った駒の湯温泉付近(右上)、発生1週間後に栗駒山に黙とうする栗駒耕英地区の避難住民ら(左下)のコラージュ

 今月14日で発生から丸10年となった岩手・宮城内陸地震=?=の被災者を取材し、今月社会面で連載した。感じたのは、地域内で「6.14」の記憶を伝承しようという意識の薄れだった。3年後に起きた東日本大震災の甚大な被害を前に、多くの当事者が内陸地震を振り返る機会を放棄してしまったようにさえ思う。貴重な山地被害の教訓を後世に伝えるためにも、当時を語り直す機運を官民で高めるべきだ。

 「3.11に比べたら自分の被害なんて大したことないのに…。話を聞いてくれてありがとうございます」
 内陸地震で経営が大きく傾いた栗原市の男性自営業者の言葉だ。取材に対し、当時の記憶や今の心境を久しぶりに吐露してくれた。深々と頭を下げる姿に、複雑な気持ちになった。
 男性は今も膨大な借金を抱える。日々の暮らしに追われ、地震と向き合う機会がなかったという。さらに「3.11」の後は「津波にのまれた沿岸部に比べればまし」との思いから、当時を振り返ることをやめていた。
 男性以外にも「もっと大変な人がいる」と取材に消極的な被災者は少なくなかった。「風化が加速するのでは」。当時の被害を克明に知る人たちが多くを語らない現実に、焦りにも似た気持ちを抱いた。
 内陸地震の人的被害は死者17人、行方不明者6人。経済損失は1300億円を超え、大災害であることは論をまたない。ただ1万8000人以上が犠牲になった「3.11」と比べると、その被害はかすみがちだ。一部で「埋もれた災害」「上書きされた災禍」と称されるのもうなずける。
 一方、埋もれさせてはならない知見が多いのも事実だ。土砂崩れの恐怖や孤立集落の避難過程、高齢者のケアなどは、いずれも未来に語り継ぐべき体験に違いない。災害は規模の大小で語るべきではないと改めて思う。
 被災者が災害にもう一度向き合い、当時を語り直す空気を醸成できないものか。津波被害があった沿岸部では、語り部として多くの人が活動する。当事者の肉声は何よりも含蓄に富む。内陸部でも同様の試みがあっていい。

 栗原市は現在、国内最大級の地滑り地帯「荒砥沢崩落地」を核にした防災教育に力を入れている。市が核となる協議会が現地ツアーを実施するなど、風化防止の試みも進む。記憶の共有に向け、被災者の参画を促してはどうだろう。
 同市花山地区で被災、休業している旅館の再開準備を進める事業者は、オープン日を10月14日に設定した。地震発生日となる14日が忘れ去られることがないよう、さまざまな取り組みを模索するという。こうした民間と行政が協働するのも手だろう。
 全国で山地被害が頻発する中、内陸地震の教訓は社会全体で生かせるはずだ。とかく10年は「区切り」「節目」とされるが、ここでトーンダウンするのではなく、地震の記憶を受け継ぐ再出発の機会と捉えたい。被災地には、同じ被害を繰り返さないための知見を次代につなぐ責務がある。(栗原支局 土屋聡史/若柳支局 古関一雄)

<岩手・宮城内陸地震>2008年6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部を震源に発生。マグニチュード7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測した。死者は宮城県14人、岩手県2人、福島県1人。行方不明者は宮城県4人、秋田県2人。住宅被害は全壊30棟、半壊146棟、一部損壊2521棟。176世帯488人に避難指示・勧告が出た。


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2018年06月25日月曜日


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