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<高校野球・東北勢大旗への挑戦>仙台育英のエースたち 佐藤世「優勝夢見て油断」(2015年)

15年夏の決勝で9回表、東海大相模の小笠原(手前)に勝ち越しのソロ本塁打を浴びた仙台育英の佐藤世
力投する仙台育英の佐藤世
15年夏の甲子園準優勝した仙台育英の佐藤世那=2018年5月、大阪市のオリックス選手寮

 春の選抜大会を含めた甲子園大会で、光星学院(現八戸学院光星、青森)と並んで東北勢最多の3度の準優勝に輝いた仙台育英は個性的なエースが力投し、チームを引っ張った。1989年夏の気迫あふれる姿が印象的だった大越基(47)=元ダイエー、現山口・早鞆(はやとも)高監督=と、2001年春の頭脳的な投球が光った左腕芳賀崇(35)=現宮城・村田高監督=、チーム一丸となって戦った15年夏の佐藤世那(21)=現オリックス=。高校野球ファンの記憶に残る準優勝3投手にそれぞれの決勝を語ってもらった。(スポーツ部・野仲敏勝)

◎9回に失投決勝本塁打浴びる

 ▽第97回大会決勝

東海大相模 202200004=10
仙台育英  003003000=6

    (東)小笠原−長倉
    (仙)佐藤世−郡司
    (本)小笠原(東)

 「こうやって優勝していくんだな、日本一になるんだなと、あのときは夢を見た。そこに油断があった」

 15年夏の第97回大会決勝、東海大相模(神奈川)と繰り広げた熱戦を佐藤世は、じっくり思い返す。

 「アーム投法」でダイナミックに投げ込み、苦境に立っても笑顔を絶やさない仙台育英を引っ張った。決勝は六回、3−6から一気に追い付く展開。スタンドの観衆は熱狂的にタオルを振り回し、大歓声で後押しした。

 この回を挟んで、佐藤世は五〜八回を無安打と快投した。「1回戦から6試合目で、球数も100球を超えるのに、普通なら何球に一回しか投げられないような球が続けて投げられた」。不思議な感覚だった。

 流れが変わったのは、八回の攻撃。2死から前打者谷津航大の死球に見えた一球が、ストライクの判定で見逃し三振になった。

 「打席に向かおうとしたら、チェンジかと、余計な気持ちの波ができた」。さっさと九回のマウンドに行き、初球のフォークボールを投げたら、相手のエース小笠原慎之介(現中日)に決勝の右越え本塁打を浴びた。

 「失投も失投。あそこであんな気を抜いた球を投げるばかはいない。後付けになるが、試合の流れとしか言いようがない」と悔やむ一球となった。

 東日本大震災の被災地に笑顔を届けたいと臨んだ決勝だった。震災時は中学1年。「野球ができない時期も経験したが、今はこれだけ楽しく野球をやっている。甲子園中継を見てもらい、元気になってくれたら」と思いを込めた。

 高校1年のころは「史上最弱の代」と言われながら、チームワークを高めて力をつけた。「もし九回のマウンドに戻ることができ、本塁打を打たれると分かっていても、別の形でやられると思う。優勝しようと思ったら、1年からやり直すしかない」。仲間との歩みを誇りにしている。(敬称略)


2018年06月27日水曜日


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