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<高校野球・東北勢大旗への挑戦>仙台育英のエースたち 芳賀、虚突かれ取り乱す(2001年・春の選抜)

01年春の決勝で3回表、常総学院にスクイズ(記録は内野安打)で勝ち越し点を許した仙台育英の芳賀(右)。捕手近藤
常総学院との決勝で人文字をバックに力投する仙台育英の芳賀=甲子園
2001年選抜準優勝した仙台育英の芳賀崇さん=2018年6月、村田高

 春の選抜大会を含めた甲子園大会で、光星学院(現八戸学院光星、青森)と並んで東北勢最多の3度の準優勝に輝いた仙台育英は個性的なエースが力投し、チームを引っ張った。1989年夏の気迫あふれる姿が印象的だった大越基(47)=元ダイエー、現山口・早鞆(はやとも)高監督=と、2001年春の頭脳的な投球が光った左腕芳賀崇(35)=現宮城・村田高監督=、チーム一丸となって戦った15年夏の佐藤世那(21)=現オリックス=。高校野球ファンの記憶に残る準優勝3投手にそれぞれの決勝を語ってもらった。(スポーツ部・野仲敏勝)


◎常総学院のバント攻勢に屈す

 ▽第73回選抜大会決勝

常総学院 103020001=7
仙台育英 100101102=6

   (常)村上、村田、平沢、村田−上田
   (仙)芳賀−近藤
   (本)菊池(仙)

 01年春の第73回選抜大会決勝。木内幸男監督率いる常総学院(茨城)に6−7で敗れ、芳賀は今も悔しがる。「相手の作戦に虚を突かれ、揺さぶられた。前半の5イニングだけやり直したい」

 東北勢が苦手とされる春の選抜で初めて決勝進出し、注目を集めた。試合前に緊張はなく「バックスクリーンの時計が何時何分を指しているかよく見えた」ほどだったが、「落ち着き過ぎたのが良くなかった」。

 一回、先頭打者を味方の失策で出すと、1死一、三塁で、まさかの4番のスクイズに自ら悪送球して先制点を許した。わずか5球で失点。「あとはバタバタ。五回まで記憶がない」

 その後も執拗(しつよう)なバント攻めに遭い、五回まで計6失点。バント処理は得意のはずだった。試合後、常総学院の選手に教えられた。「君はバントの時、バットを向けた方にマウンドを降りるだろう。俺たちは、バントの寸前に(一塁側から三塁側など)バットの角度を変えていたんだ」

 準決勝まで通用した追い込んだ後のパームボールも、相手打線は手を出さなかった。「研究されていたのだろう」と振り返る。

 それでも決勝まで勝ち上がったのは、宮城県内で競い合った結果だった。ライバル東北の1学年下には、超高校級と言われた150キロ左腕の高井雄平(現ヤクルト外野手)がいた。「高井のおかげで自分はタイプが違うと、打たせて取る形をつくることができた」

 宮城県中田町(現登米市)の中田中で全国中学大会8強入りし、県内の中学軟式野球出身者として「(他県から入部した)硬式経験者に負けられないとの思いもあった」。村田高に赴任する前は、軟式野球の県中学選抜チームを指導し、教え子には後に甲子園準優勝投手になる佐藤世那もいた。


2018年06月27日水曜日


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