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<旧優生保護法>「障害児を施設に仲介」宮城の元民生委員証言 強制手術「当時疑問持てず」

「障害児は施設に入った方が本人や家庭のためになると思い、手術も仕方ないことと考えていた」と語る元民生委員の男性=宮城県内の自宅

 旧優生保護法(1948〜96年)下で強制不妊・避妊手術が繰り返された問題で、宮城県内で60年代から90年代まで民生委員を務めた男性(86)が河北新報社の取材に応じ、「障害児のいる家庭を回り、施設への入所を仲介した」と、当時の活動の一端を証言した。関わった児童数人が入所後に強制手術を受けたことも明らかにし「国の決めた手術だから問題ないと考えていた」と心境を語った。

 男性は68年に民生委員となり、少なくとも当時10代の男女5人の施設入所を仲介した。「多くの場合、障害児のいる家庭の近隣住民から役所(自治体)に情報が寄せられ、役所の指示で家庭訪問し施設入所を勧める流れだった」と話した。
 入所後に手術を強いられる児童が多いことは「暗黙の了解で分かっていた」と説明。「当時の施設は男女が一つの部屋で生活するのが当たり前で、施設側は妊娠トラブルを敬遠して手術を進めたようだった」という。
 男性が40代の頃、仙台市内の施設に紹介した10代の男子児童は、入所後に言語障害を理由に避妊手術を受けた。「手術に至った詳しい経緯は分からないが、本人が手術を受けたいと意思表示するはずがない。周囲が仕向けて陰で隠れてやる『後ろめたい手術』という印象はあったが、手術の是非に疑問を持つことはなかった」と振り返った。
 民生委員の仲介活動は行政側の要請が背景にあったとみられる。県は57年3月発行の「民生委員児童委員の手引」で旧法への対応に関し、「(手術)対象者が(福祉支援など委員の)実質活動面に関係する階層が多く、側面的な協力が期待されている」「該当者の調査や斡旋(あっせん)等は心得ておくべき事」と強調した。
 5月に旧法を巡る国家賠償請求訴訟を仙台地裁に起こした県内の70代女性は、中学3年時に民生委員の仲介で仙台市内の特別支援学校に転校。不妊手術に同意するよう保護者を説得したのも民生委員だったという。
 男性は「女性の訴えを報道で知り、胸が締め付けられた。民生委員が先導して障害者の施設入所を進めたのは事実で、手術は最終的に公的機関が決めることだから問題ないと考えていた。責任の一端を感じている」と述べた。


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2018年06月28日木曜日


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