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被災後の海岸で拾い集めたパイプ、カキ養殖で使う「豆管」だった 仙台と南三陸の浜、つながる

貴田さん(右)から豆管を受け取った菅原さん

 東日本大震災で津波被害を受けた仙台市若林区荒浜地区の元住民でつくる「荒浜再生を願う会」が29日、南三陸町戸倉の波伝谷(はでんや)漁港を訪れ、カキ養殖用パイプ(豆管)を地元漁師に贈った。同会が30日に解散するのを前に、震災前後の波伝谷を撮り続けてきた映画監督が両者をつないだ。
 同会のメンバー4人が豆管約1000個を持参し、カキ養殖業菅原幹生さん(41)に手渡した。長さ3センチほどの豆管は、海中で種ガキを付着させる原盤(ホタテの貝殻)を等間隔で重ねるために使われる。
 震災前、約80戸あった波伝谷地区の集落は津波でほとんどが流され、漁業も大きな打撃を受けた。菅原さんは「海が荒れると、原盤が流されることがある。頂いた豆管を使った原盤でカキを育て、いずれ恩返ししたい」と応じた。
 同会は震災後、若林区の深沼海岸の清掃を続けてきた。砂浜に漂着した豆管を拾い集めていたが、用途が分からなかった。メンバーが昨年、映画監督の我妻和樹さん(32)=白石市出身=が製作した波伝谷の漁師が登場するドキュメンタリー映画を見て、養殖用だと知った。
 代表の貴田喜一さん(72)は「映画がつないでくれた縁。震災がなければ今回の出会いはなかった」と話した。我妻さんは「豆管を託したいという思いに応えられて良かった。交流が互いの励みになればうれしい」と語った。


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2018年06月30日土曜日


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