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<まちかどエッセー・物江麻衣子>米一粒の尊さ

[ものえ・まいこさん]イラストレーター、デザイナー(屋号ico.)。墨汁やマニキュア、ドライバーなどを画材とし、東北放送製作「続・仙台弁かるた」や新聞・雑誌の挿絵、広告イラストを制作。現在、FMなとりで「イラストレーターico.のpiece of NATORI」放送中。1985年、宮城県名取市閖上生まれ。福島市在住。

 宮沢賢治『雨ニモマケズ』には「一日に玄米四合と味噌(みそ)と少しの野菜を食べ」という一節がある。幼心ながらに賢治のシンプルライフは衝撃で、自分も米の一粒を尊く思える人間になりたいと思った。
 高校生の頃には時々、玄米と味噌汁、漬物を自分用に盛り、家族とは別でひとり噛(か)み締めた。しかし結局お菓子をつまんだりして、「この時代では誘惑が多過ぎる」と挫折したものだ。
 大学生の頃から絵の依頼を頂くようになり、会社員になっても絵の仕事は続けた。しかし正社員は副業が認められておらず、描けば描くほど葛藤した。
 そんな時、初めて残業代がつかなかった給料明細を見て、私は愕然(がくぜん)とした。たいして仕事もしていないのだから金額は妥当なのに、不満がる自分がいたのだ。
 当たり前に仕事があり、賃金をもらえ、さらには来月は残業しようなどと思っている。賢治に焦がれたあの頃を思い出し、情けなくなった。仕事や衣食住のありがたさを噛(か)み締めたい。そう決意し退職したのが、2010年の年末だった。
 間もなく東日本大震災があり、言葉通り身一つとなってしまった。食料や寝床の確保もままならない3月中旬、東京の出版社から依頼が来てしまった時は、友人や取引業者さんが、鉛筆や紙などの画材を届けてくれた。描くことをやめないでと、背中を押されたようだった。
 5月、思い切って上京し、被災者受け入れアパートに入居した。よりによって海に囲まれた豊洲で、内心複雑だったが、自分だけの部屋は2カ月ぶり。6畳は広々としていた。
 翌朝、近所を散策していると、おしゃれなパン屋さんがあった。テラスで隣の外国人夫婦とチワワを見ながら、珈琲(コーヒー)を飲み、パンを食べた。体中に染み入る感覚があった。その時噛み締めた言い知れない感情が忘れられない。あれはきっと、賢治の伝えたかった「米一粒の尊さ」だったのだろう。
(イラストレーター、デザイナー)


2018年07月02日月曜日


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