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<W杯サッカー>柴崎 躍進をけん引 恩師ら「次は歴史塗り替えて」

ベルギー戦の前半、競り合う柴崎選手(右)=ロストフナドヌー

 サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会で全4試合に出場した青森県野辺地町出身の柴崎岳選手(26)=ヘタフェ、青森山田高出=は、中盤で攻守にチームを支えて日本躍進の原動力となった。恩師や後輩は司令塔としての地位を確立した初のW杯での活躍をたたえ、今後へ期待を膨らませた。
 2日(日本時間3日未明)のベルギー戦も鋭いパスで相手を翻弄(ほんろう)した。後半開始直後、自陣からスルーパスを前線へ。原口元気選手(27)に渡って先制点が生まれた。痛恨の逆転負けにも「W杯を戦えたことで、自分もチームも想像以上に成長させてもらえた」。試合後は手応えを口にした。
 変幻自在のパスと高い危機察知能力で、日本代表の心臓と言える存在になった。中学、高校で指導した青森山田高サッカー部の黒田剛監督(48)は「全試合通じ、落ち着きぶりが光っていた」と教え子の活躍を喜ぶ。
 黒田監督が柴崎選手を初めて見たのは小学6年の時。視野の広さと判断力に天性の才能を感じた。勧誘を受けた柴崎選手は、両親の反対を押し切り青森山田中へ進んだ。
 中、高の6年間は貪欲にサッカーと向き合い続けた。「苦手なことを持つのが大嫌い。できないことを克服するため、ストイックに自分を追い込んでいた」と黒田監督。「移動のバスでもペンとノートを持って私の横に座り、試合のビデオを見ながら意見を求められた」。研究熱心な姿も忘れられない。
 誰よりも努力家だった。中学高校の後輩で、日本フットボールリーグ(JFL)ソニー仙台の丹代爽弥(たんだいそうや)選手(23)は「午前6時開始の早朝練習でもグラウンドに現れるのは常に最初。チームで一番走り、最も多くボールに触れていた」と思い返す。性格は強気だが「後輩の言うことを聞く耳も持っていた」。統率力も天性のものだった。
 世界最高峰のスペインリーグでプレーを続ける。4年後のW杯、どんな姿を見せてくれるのだろうか。小学生時代、野辺地サッカースポーツ少年団で指導した橋本正克さん(58)は「このまま成長を続け、次こそ日本サッカーの歴史を塗り替えてほしい」と願う。


2018年07月04日水曜日


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