宮城のニュース

<全国高校野球100回 宮城の白球史>(5完)1998年〜現在 石巻工被災地思いプレー

2012年春の第84回選抜高校野球大会、神村学園との1回戦。石巻工は4回裏1死満塁から伊勢の打球が敵失を誘い、5−4とする
阿部 翔人さん

 宮城の高校野球は近年、東北、仙台育英、東陵の私立3校に割って入り、公立勢の甲子園出場が目立ってきた。1998(平成10)年夏の仙台以降、仙台西、一迫商、利府、古川工、石巻工の計6校が春夏の甲子園の土を踏んだ。
  
<21世紀枠で>
 2001(平成13)年の選抜大会から、「困難な条件の克服」などを選考基準に入れた21世紀枠が始まり、出場の可能性が広がった。
 11(平成23)年の東日本大震災を乗り越え、石巻工が12(平成24)年の選抜大会に21世紀枠で出場し、被災地を勇気づけた。
 「震災直後は、甲子園を目指して野球をすることなど考えられなかった。元の生活に戻ることに必死だった」。主将を務めた阿部翔人さん(23)=石巻高非常勤講師=は振り返る。
 グラウンドは津波に襲われ、部員は校舎に一時避難した住民の手助けをしながら、水が引いた後は1カ月かけて泥やがれきを片付けた。その姿が住民の励みになり、チームは「あきらめない」を合言葉に甲子園を目指した。
 11年秋の県大会で準優勝し、21世紀枠を引き寄せた。「準々決勝の東北工大高との試合中、他会場で仙台育英が敗れたことが伝わり、『これは落とせない』となった」。延長十一回、阿部さんが決勝打を放ち、8−7で勝利した。準決勝は石巻商を3−1で破った。

<宣誓に共感>
 甲子園では開会式の選手宣誓を引き当てた。「答えのない悲しみを受け入れるのはつらい。しかし、日本が一つになりその苦難を乗り越えれば、必ず大きな幸せが待っていると信じている」。2分余りの宣誓は、全国の人の共感を呼んだ。
 1回戦で神村学園(鹿児島)に5−9で敗れたものの、見せ場はつくった。0−4の四回、2点を返してなお1死満塁から、8番伊勢千寛選手の遊ゴロを相手が後逸。3人の走者がかえって一気に逆転した。
 石巻市中心部に設けられた応援会場では、テレビの前で、多くの市民が盛り上がった。阿部さんは「あの1イニングだけは被災地の方にいい思いをさせられた」。甲子園から届けたプレーを思い返す。

<宮城の高校球史主な出来事>
1998年(平成10年)
           仙台が夏の甲子園初出場
2001年(13年) 仙台育英が春の選抜準優勝
  02年(14年) 仙台西が夏の甲子園初出場
  03年(15年) 東北が夏の甲子園準優勝
  04年(16年) 東北が春の選抜ベスト8
  05年(17年) 一迫商が春の選抜に21世紀枠で初出場
           東北が夏の甲子園ベスト8
  09年(21年) 利府が春の選抜に21世紀枠で初出場しベスト4
  11年(23年) 東日本大震災が発生
           古川工が夏の甲子園初出場
  12年(24年) 石巻工が春の選抜に21世紀枠で初出場
  13年(25年) 仙台育英が春の選抜ベスト8
  14年(26年) 東陵が春の選抜初出場
           利府が夏の甲子園初出場
  15年(27年) 仙台育英が夏の甲子園準優勝
  17年(29年) 仙台育英が夏の甲子園ベスト8


2018年07月04日水曜日


先頭に戻る