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<森の中の匠たち>秋保工芸の里30年(上)歩む/9工房、刺激し合い創作

箸の漆塗りを体験する東京の中学生。仙台を訪れ、秋保の工芸に触れる修学旅行生は多い=5月下旬、仙台市太白区の秋保工芸の里

 仙台市太白区秋保町にある「秋保工芸の里」が開設から30周年を迎えた。自宅を兼ねた九つの工房に匠(たくみ)が暮らしながら、伝統の技を守り、個性豊かな創作の魅力を発信し続ける。長い年月は、来場客の減少や職人の高齢化といった悩みももたらした。30年の足跡と課題を探った。
(報道部・田柳暁)

<職人ら生活共に>
 「オープン式典の日は4月なのに大雪だった。とんでもない山の中に来てしまったと思った」
 工芸の里で最年長の江戸こま職人広井道顕(みちあき)さん(85)が、懐かしそうに当時を振り返る。
 職人がそこに暮らしながら作品を制作し、展示や販売をする全国初の「工芸村」は1988年、こけしや仙台箪笥(たんす)、炭化した樹木から作品を削り出す「埋もれ木」など八つの工房でスタートした。
 東京出身の広井さんは、4代続く江戸こま職人の家に生まれ、戦争の疎開で仙台に移り住んだ。職人仲間に工芸の里の構想を聞き、参加を決意。青葉区台原にあった工房を畳み、新たに秋保に構えた。
 「若い一本気の職人たちが集まった。互いの制作に意見すると、たちまちけんかが始まった。にぎやかだった」と笑う。生活と創作を共にする仲間、ライバルは互いを刺激し合った。

<街なかから移転>
 構想が持ち上がったのは75年。街なかの職人たちは木を削る音への苦情に悩み、作業スペースの確保に苦労した。「緑の中に工芸村を造り、それぞれの創作に打ち込もう」。有志で「匠の会」を旗揚げし、実現を目指した。
 当初は利府町での建設を模索したが、80年に秋保町内に決定。温泉街から徒歩圏内の町有地が選ばれ、87年に建設が始まった。
 91年、趣旨に賛同した染織家の渡辺つる子さん(73)が泉区南光台から移り、合計九つの工房となった。
 「藍染めは、『藍を建てる』と呼ぶ染液の製造作業が一番重要。温度管理が難しい染液の保存などには、秋保の環境がいい」と渡辺さん。「作業場が広がり、6人の弟子を育てることもできた」とほほ笑む。

<温泉との連携鍵>
 手業を間近で見られ、体験もできる珍しさからオープン直後の週末は1日1000人の来場客でにぎわった。近年は半分の500人前後で推移している。集客の鍵は、約1キロ離れた仙台都市圏のリゾート、秋保温泉との連携だ。
 県の観光統計によると、秋保温泉の2016年の観光客は117万5553人、宿泊客は90万2511人。ともに近年は微減傾向にあるが、温泉客が制作体験や見学をすれば、双方の観光面に相乗効果がある。
 秋保温泉旅館組合の佐藤勘三郎組合長(56)は「工芸の里ができ、秋保に手仕事のイメージが定着した」と存在の大きさを認めつつ、「徒歩で向かう人は多くない。温泉街一帯で街歩きを促す仕掛けを一緒に考えたい」と指摘する。

[秋保工芸の里]1975年、仙台市などの職人によるグループが「手工芸の邑(むら)」計画を作り、秋保町と仙台市との合併直後の88年4月、市有地3.3ヘクタールにオープンした。市中心部から車で約30分。創作の見学や、こけしの絵付けやハンカチの藍染めなどの体験ができる。いずれも要予約。連絡先は秋保工芸の里事業組合022(398)2673。


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2018年07月05日木曜日


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