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<放射能と闘う保育者たち 原町聖愛こども園の7年>(3)異変/消えた子どもらしさ

泥団子を作る手つきができない原町聖愛こども園の男児(左)=2013年8月ごろ(同こども園提供)

<遊び方分からず>
 東京電力福島第1原発事故による放射能汚染で、原町聖愛こども園(南相馬市)の園児たちは、自然との触れ合いや外遊びの経験を絶たれた。保育者たちは、次第に異変を感じるようになった。
 2013年4月、宮城県大河原町の第一光の子保育園に誘われ、同園に年長児を連れて遊びに行ったときのこと。子どもたちの様子を見て、遠藤美保子園長(66)はがくぜんとした。
 砂場で遊び始めた子どもたちが、乾いた砂を入れたバケツを何度もひっくり返す。水を加えていない砂は当然、サラサラと崩れるだけで、バケツの形に固まらない。見かねた保育者が「どうしたらいい」と聞くと、男児が「石ころを入れる」と言ったという。
 当時の年長児は11、12年と外遊びが存分にできなかった。遠藤園長は「以前は当たり前のようにやっていた型抜き遊びなのに、この子たちは水を入れることを知らず、思い付きもしなかった」と振り返る。
 仙台市若林区の卸町光の子保育園に行ったときは、同園の3歳児が上手に土を丸めて泥団子を作るそばで、聖愛こども園の5歳児は、指を丸める手つきすらできなかった。
 「保育者が教えなくても、子どもは上の子の遊び方をまねて、自然と遊びは継続されていく。それが失われてしまったのだとショックだった」と遠藤園長は話す。

<運動機能が低下>
 妙におとなしいことも気になった。本来のわんぱくでいたずら好きな姿が見られない。「『これやりたい』という自発的な行動がなくなった。全てが制限され、遊ぶ意欲がそがれた」(遠藤園長)。
 何でもないところでつまづき、転ぶ姿も目に付いた。15年度に子どもたちの足形を採ったところ、土踏まずがない子が多かった。作業療法士に相談すると「足を使って遊び込んでいない。運動機能の低下の現れ」との評価だった。
 遠藤園長は今まで見たことのない子どもたちの異変に、大きな決断をした。「駄目と言って子どもを放射能から守るのではなく、安全に遊べる場所をつくって守ろう」。15年に保護者の了解を得て方針を転換、園庭の整備を徹底し、外遊び制限を完全になくした。自然に触れさせようと岩場を流れる小川を造り、はだしで遊ぶことも解禁した。
 今年4月、3月に卒園した小学1年生も招き、一緒に園庭で砂遊びをした。ブルーシートを広げて大量の砂を投入、自由に遊べる空間を用意した。

<恨めしい空白期>
 子どもたちの様子を見ていた主幹保育教諭の高田公恵さん(57)は、心を痛めた。「山を作ってトンネル掘って、水を流す。そんな遊びが出てこなかった。みんなで知恵を出し合って砂で遊び尽くす姿がなく、発展しなかった」。外遊びの空白期間を恨めしく思う。
 「幼児期には幼児期にしか得られない感覚、体験がある。原発事故はそれを奪った。子どもたちへの影響は今も継続していることを決して忘れてはいけない」。遠藤園長は力を込める。


2018年07月05日木曜日


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