宮城のニュース

「森は海の恋人」運動30年 畠山重篤さんに聞く(上) 津波からの早期回復/活動の正しさ再認識

 気仙沼湾に注ぐ大川上流の岩手県一関市室根町に広葉樹を植え、海を豊かにする「森は海の恋人」運動。1989年に始まり、今年で30年目を迎えた。落ち葉が作る栄養分が川を通じて海へ流れ込み、カキの栄養分となることに着目した活動は国内外から広く注目を集めてきた。中心的役割を担う畠山重篤さん(74)に、30年の歩みと展望を語ってもらった。

◎「引退」目前に

 「森は海の恋人」運動は元々、赤潮にまみれた気仙沼湾をよみがえらせたいと始めました。東日本大震災の前に、海と川の状態はとても良くなりました。大川では、北上川の5万匹を超える6万匹のサケが捕獲されるようになっていました。水生昆虫も、上流と下流とで種類が変わらない。下流では通常、汚れた水に適合した種類になるものですから、水質が良い証拠です。
 海ではメバルが見られるようになりました。私が子どもの頃はたくさんいたのですが、ぱたっといなくなり、私は子どもたちにメバル釣りを教えられませんでした。しかし、孫には教えられた。ウナギも姿を見せるようになりました。
 カキやホタテの養殖も順調。3人の息子が跡を継いでくれて、わが人生これでもう良し。引退して悠々自適と思ったわけです。そこへ来たわけですよ。津波が。

◎価値観を共有

 流出した油で真っ黒になった海を見て、「毒の水が流れている」と言った大学の先生もいました。わが人生終わったなと。本当に絶望した。
 でも5月末ごろになり、ぽつぽつ小魚が見えるようになりました。田中先生(京大名誉教授の田中克さん)が来て「畠山さん、カキが食い切れないぐらいの植物プランクトンがいますよ」。名言ですよ、これ。
 ケイソウ類のうち、カキの餌になるキートセロスが顕微鏡の視野の中に無数にいました。これで大丈夫だと。田中先生は「森は海の恋人の勝利だ」と言ってくれました。海の背景となる上流の森を長年整えてきたことが功を奏した。1000年に一度の津波の後の復活です。運動の正しさを証明できました。
 震災の年は、6月の植樹祭のことまで頭が回りませんでした。でも室根の山の人たちが来てくれて、このような年こそ植樹祭をやらないといけないと諭されました。段取りは全てこちらでやるから、体一つで来てと。こうして休まず植樹祭ができた。
 海のために木を植え、川を汚さない。海の民と川の流域の民が、そうした価値観を共有できていたということでしょう。これが震災からの海の復活につながったと確信しています。

◎原発事故憂う

 私がカキ養殖に携わって60年。台風も津波も、自然災害による被害は時がたてば回復すると学びました。だからこそ東京電力福島第1原発事故のことを考えざるを得ない。
 福島における漁業被害は長引いています。東北電力女川原発にしても、万石浦周辺の石巻、女川周辺は北上川の河口に近く、天然のカキの種が採れる世界一の場所なんです。もしトラブルがあったら大変だ。宮城県だけでなく、北海道から広島まで、日本中のカキ養殖に影響が出る。陸のことは全て海に及ぶのです。考えるとぞっとしますね。

<はたけやま・しげあつ>1943年、中国・上海生まれ。気仙沼水産高(現気仙沼向洋高)卒。気仙沼市唐桑町でカキ、ホタテ養殖業を営む。「牡蠣(かき)の森を慕う会」代表、NPO法人「森は海の恋人」理事長。京大フィールド科学教育研究センター社会連携教授。「漁師さんの森づくり」「人の心に木を植える 『森は海の恋人』30年」など著書多数。


2018年07月06日金曜日


先頭に戻る