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<高校野球・東北勢大旗への挑戦>監督の胸の内 東北・若生監督(2003年)「ふわふわと旗見えた」

埼玉栄の選手を指導する若生監督=5月、さいたま市の埼玉栄高野球部室内練習場
03年夏の決勝で常総学院を相手に力投する東北のダルビッシュ
03年夏に準優勝し、グラウンドを一周する東北ナイン

 春夏の甲子園で準優勝した東北勢の監督は、それぞれの指導方針でチームづくりに取り組み、高校野球ファンを熱くさせた。2003年夏に個性的な選手がそろう東北(宮城)をまとめ上げた若生正広(67)=現埼玉栄監督=、09年春に花巻東(岩手)を岩手勢初の決勝に導いた佐々木洋(42)、11年夏から3季連続準優勝と大暴れした光星学院(青森、現八戸学院光星)の仲井宗基(48)。大旗の白河越えを果たせなかったことについて、3人に胸に秘める思いを聞いた。(スポーツ部・野仲勝敏)

◎優勝を意識 バント指示

 長身右腕のダルビッシュ有(米大リーグ・カブス)や、主砲の横田崇幸、黒縁眼鏡の2番手投手で「マカベッシュ」の愛称で親しまれた真壁賢守(けんじ)ら個性的な2年生が活躍した。
 「今年は甲子園に出て1勝できれば良いと気楽だった。だけど、決勝に進み、先に2点を取って、勝ちたいと思った。俺も修業が足りなかった」
 03年夏の第85回大会。東北の監督だった若生は常総学院(茨城)に2−4で敗れた決勝を、懐かしいだみ声で振り返った。
 二回に3連続二塁打で2点を先取し、「バッターボックスとベンチの間に、深紅の優勝旗がふわふわと見えた」と言う。なお無死二塁でサインは送りバント。「普段(の自分)ならいけいけだが、普通の監督になった」
 7番佐藤弘祐(後に巨人)の投前バントは実らず、二走が三塁タッチアウト。大量点は得られず迎えた四回、木内幸男監督率いる常総学院打線に逆転された。七回の好機は遊撃手坂克彦(後に近鉄、東北楽天、阪神)の好守に阻まれた。
 「勝ちにいったら負ける。負けてもいいと思えば負ける。どういう姿勢なら勝てるのか、今でも分からない」。若生は大きな体を揺すり、悔しがった。

<ダル育て上げる>
 手塩にかけたダルビッシュが注目された大会だった。「あんなに真剣に投げる姿はなかった」。若生は決勝のマウンドを振り返る。
 大阪のボーイズリーグで活躍し、全国40以上の高校から勧誘があった中、東北を選んだ。「しっかり体をつくった上で野球を教える。私の指導方針を父ファルサさんが理解してくれた」
 成長痛があったため、登板の可否は本人の痛みの申告が重視された。「2年生までは性格も子どもだった」と若生。気持ちが乗るかどうかも大きかった。
 準決勝の江の川(島根)戦、同じ2年の采尾(うねお)浩二と真壁が1失点リレーし、刺激を受けた様子だった。「決勝前夜、『次は僕が投げます』と有が来た。『お前がエースだからいけ』」
 仙台に戻ると、批判された。「どうして決勝は真壁を投げさせなかったと。だけど、ベストを尽くし、いい投手に投げさせるならダルビッシュ。今は大リーグで活躍し、正しかったと分かってもらえたけど」

<上下関係を廃止>
 指導方針の一つ、上下関係の廃止もダルビッシュを育んだ。甲子園では些細(ささい)なことでダルビッシュが部屋にこもり、夕食会場に来ないことがあった。「仲良しの3年生に『ダルビッシュと2人で食事に行ってこい』と送り出すと、ダルビッシュはニコニコして戻ってきた」と懐かしむ。
 福岡・九州国際大付を率いて11年春の選抜大会でも準優勝。この時のチームも雰囲気は似ており、「面倒見のいい3年生がいるチームは強い」は持論だ。
 ダルビッシュは以降も春夏連続で甲子園出場。大旗には届かなかったものの、3年夏の千葉経大付との3回戦、四回のピンチに見逃し三振を取った内角いっぱいの直球を若生は誇りにする。「お前ら、甲子園の2死満塁フルカウントで、こんな球を投げられるか」。今も埼玉栄の投手陣にビデオを見せ、手本にしている。

 ▽第85回大会決勝
常総学院 000300010=4
東北   020000000=2
(常)磯部、飯島−大崎
(東)ダルビッシュ−佐藤


2018年07月11日水曜日


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