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岩手・高田高、甲子園に「1イニングの貸し」出場から30年、OBの真剣勝負は続く

選手たちの名前が記された高田高の甲子園出場記念ボール

 東日本大震災から再起した陸前高田市のスポーツ用品店「ササキスポーツ」に展示された第70回全国高校野球選手権大会の記念ボールが、復興に向かう市民を励ましている。今年で100回を数える夏の甲子園。津波で流失しながら奇跡的に見つかったボールには、地元から唯一甲子園出場を果たした高田高ナインの名前が記されてあった。
 1988年夏、高田高は初めて甲子園の土を踏んだ。しかし試合は、降雨により八回コールドゲーム。3対9で初戦敗退した。
 <きみたちには 甲子園に1イニングの貸しがある>
 作詞家の故阿久悠さんの詩とともに、甲子園ファンの心に深く刻まれた試合だった。
 「何があっても助け合うんだぞ」。卒業式の日に監督が贈った言葉を胸に、部員たちは大人になった。
 毎年「同窓会」を開き、家族や家を失った2011年の夏も、ほぼ全員が顔をそろえた。野球部OBの市職員尾形良一さん(48)は「仲間と思い出を語り合ううち、張り詰めていた気持ちが少し緩んだ」と振り返る。
 市内の建設会社に勤める熊谷勉さん(48)には、震災で果たせなかった仕事がある。野球部が練習で使っていた球場の改修工事だ。完工目前に津波が球場を壊した。
 そして今年、球場再建工事を会社が受注した。「今度こそ完成させたい」と話す熊谷さん。まだ、ゲームセットではなかった。
 「何があっても助け合うんだぞ」。泥で汚れた記念ボールが、復興に汗を流す野球部OBに、白球を追う後輩たちに、そう語り掛けている。
 高田高は13日、岩手大会ベスト16進出を懸けて一関工高と対戦する。


2018年07月13日金曜日


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