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<阿武隈川物語>(9)銘柄米の祖先育てる

発祥の地の宮城県丸森町舘矢間地区で作付けされている愛国

◎第2部 耕土/(3)「ルーツ」

 コシヒカリにササニシキ、ひとめぼれ、あきたこまち。主要銘柄米の先祖をたどると、「愛国」という品種に行き着く。
 「愛国がなければ、日本の米がどうなったか想像できない」。元宮城県古川農業試験場長の佐々木武彦さん(82)=仙台市泉区=は言い切る。25年かけて愛国の発祥地が同県丸森町舘矢間であると確定し、2009年に論文で発表した。

<平均収量の2倍>
 愛国は多収量で1反(10アール)当たり7俵、平均収量の2倍あったという。伊具郡(角田市と丸森町)から宮城県内に、またたく間に広がった。ただ、1900年代初頭の凶作で「愛国は冷害に弱い」と見られ、県北では作付けが止まった。

 愛国が決して冷害に弱くなかったと分かったのは1980年の冷害時だ。佐々木さんたちの調査で、コシヒカリは耐冷性が強く、遺伝子は愛国に由来することが判明した。当時は田植えが遅く、穂が出て成熟する時期に低温が重なったと考えられる。

 北で作付けされなくなった愛国は、南の福島県や関東などに普及した。福島市史によると、39年の信夫郡(福島市の大半)の愛国の作付けは53%に上った。「福島県中通りと仙南は地域的な共通性が高く、作付けに適していた」という佐々木さんは「仙南は良質米を世に送り出した故郷。誇るべき財産を生かしてほしい」とエールを送る。

<丸森で栽培再開>
 佐々木さんの論文を受け、丸森の有志が2010年、愛国発祥地の記念碑を建てた。試験場から苗を譲り受けて栽培も再開した。町観光物産振興公社は11年、愛国を使った日本酒「賜候(たまわりそうろう)」を会津若松市の酒蔵に依頼して開発した。

 酒米用に愛国を栽培する、舘矢間の農家で町議会議長の菊池修一さん(61)は「日本の農業にとって重要な品種で、舘矢間が背負ったコメの歴史を語り継ぎたい」と気持ちを込める。

 愛国の普及に尽力した1人が、伊具郡に隣接する宮城県柴田町の大地主飯淵七三郎(1846〜1926年)だ。技師を招いて地域の農業技術向上を図り、阿武隈川支流の白石川からの船岡用水建設に私財を投じた。サクラの名所である船岡城址公園にソメイヨシノを植えた先人でもある。

 七三郎のひ孫の歯科医師飯淵雅高さん(72)=柴田町=は「社会のために貢献し、地域の礎をつくったことは子孫として誇らしい」と語る。自らも地元の小学校などに寄付を続ける。

 コメ、サクラ、人情。日本の原風景が阿武隈川流域にある。

<愛国>宮城県丸森町舘矢間の蚕種業者本多三学のもとに1889年、静岡県の同業者から無名の種もみが届いたのが始まりとされる。伊具郡役所の役人と稲作指導担当者が命名した。最盛期は全国約33万ヘクタールに広がり、1945年ごろまで盛んに作付けされた。


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2018年07月19日木曜日


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