福島のニュース

<東京五輪>聖火リレー、故郷の福島を再び走りたい 75歳ランナー、避難先で体力づくり

聖火リレーで福島県伊達町(当時)を走る三浦さん
1964年東京五輪の記念フラッグを手にする三浦さん。ユニホームとトーチは当時実際に使った

 2020年東京五輪の聖火リレー出発地が福島県に決まったことを、特別な思いで受け止めた男性が天童市にいる。東京電力福島第1原発事故後、生まれ育った伊達市から避難した三浦忠さん(75)。21歳の時に1964年東京五輪の聖火ランナーを務め、沿道で小旗がはためく国道4号を駆け抜けた。半世紀の時を経て、古里を思い、再び走る夢を抱く。

 三浦さんは旧伊達町の伊達中3年の夏、福島市で開かれた陸上競技東北大会100メートルで優勝。そうした実績から町教委が町を縦断するコース約2キロの聖火ランナーに指名した。「まさか自分が…」。責任の重さに身震いしたという。
 「当日は雨だった」と54年前の聖火リレーを昨日の出来事のように語る。「沿道には地元の顔なじみもいたはずだが、緊張でそれどころではなかった」。ぬれても消えないよう、燃料にリンを使った聖火が発するマッチを擦ったようなにおいが、今でも鼻の奥によみがえる。
 隣接する旧伏黒村の走者から受け継いだ聖火を、次の福島市の走者に渡すまでわずか14分ほど。「夢のようだった」と遠い目をする三浦さん。記念にもらったすすまみれのトーチが力走の証しだ。
 銀行勤務25年とその後の不動産会社経営の傍ら、海外を含む15大会でフルマラソンを完走する市民ランナーだった。原発事故に伴う放射線量増加を懸念し、震災発生の5カ月後に天童市に転居先を見つけ、自主避難した。現在は福島、天童両市のジョギングサークルに所属する。
 「原発事故が人々にもたらした影響を忘れないための大会にしてほしい」と願う。避難先からの帰還時期を悩んだり、帰りたくても帰れない事情を抱えたりする被災者を思いやる。
 大会組織委員会は、聖火リレーのルートや区間数が決まる19年に走者の具体的な選考方法を決定する方針だ。「できることならまたランナーを務め、被災者の1人として元気に走る姿を国内外に発信したい」とアルバイトの傍ら体力づくりに余念が無い。


関連ページ: 福島 社会

2018年07月22日日曜日


先頭に戻る