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<この人このまち>若手育成 つくだ煮継承

佐藤進幸(さとう・みちゆき)1975年、秋田県昭和町(現潟上市)生まれ。秋田南高を卒業し、専門学校進学で仙台へ。デザイン事務所勤務を経て、帰郷。

 八郎潟に臨む秋田県潟上市で70年余り続くつくだ煮製造販売の「佐藤徳太郎商店」。元グラフィックデザイナーという異色の4代目社長・佐藤進幸さん(43)が、秋田を悩ます「伝統産業の衰退」に立ち向かっている。社員の高齢化や技術継承をどうするのか。取り組みが形になりつつある。
(秋田総局・橋本俊)

◎佐藤徳太郎商店社長 佐藤進幸さん(43)/夢は八郎湖のシジミを復活させ、商品化すること

 −八郎潟は干拓事業で大部分が陸地化されて農地が広がり、コメのイメージがあります。つくだ煮の歴史も長いんでしょうか。
 「干拓で残った八郎湖では、シジミが豊富に採れました。うちのつくだ煮を行商人が背負い、近くの駅から汽車に乗って秋田県内で売り歩いたそうです。現在は北海道にも工場があり、コウナゴを炊いてつくだ煮にします。あめ炊きのイカやワカサギが主力商品です」
 −進学で秋田を離れ、仙台のデザイン事務所に就職し、不動産関係の広告の仕事に携わりました。
 「仙台駅前にあるイービーンズのロゴを決めるコンペで、最終2作品まで残りました。優れたデザインはずっと残りますし、思い出深いです。体調が優れず31歳で秋田に帰りましたが、充実した日々でした」
 −外で仕事を経験し実家の仕事はどう見えましたか。
 「当時20人いた社員のうち11人が60代以上で、ほぼ親族。技術は見て覚えろの世界でした。父は『いいものを作れば売れる』が口癖でしたが、広告の仕事では『知ってもらえなければ売れない』です。途方に暮れました」
 −どう変えていったのですか。
 「つくだ煮の技術は、あめが溶けていく手触りや焦げる寸前の匂いなど、文字や映像では伝えきれません。一人前になるまで10年かかる。ハローワークに行き、創業以来初の求人票を出すことから始めました」
 「会社が変わるきっかけは高卒採用です。働いたことがない子にどう仕事を教えるか。先輩がマンツーマンで指導できるようシフトを工夫し、成長を実感できるようにしました。今の平均年齢は31.5歳。売り上げも好調です」
 −八郎湖の水質改善にも取り組んでいるそうですね。
 「地域の若手と一緒に、小学校でつくだ煮を通した環境保全の授業をやりました。夢は八郎湖のシジミを復活させ、商品化すること。大潟村のショウガや比内地鶏など、秋田産食材をつくだ煮として売り出す計画も進んでいます。私にとっては、この家業が一番クリエイティブな仕事なんです」


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2018年07月23日月曜日


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