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<復興を生きる>新天地に再生の旋律

子どもたちにピアノを教える松崎さん(左)

◎3・11大震災/原発事故で移住のピアノ教師 松崎英子さん(69)=宮城県名取市

 「ピティナコンペティション優秀賞 小嶋健」
 「2018年東北青少年音楽コンクール優秀賞 柴田琉里、西咲寧、村上華 奨励賞 村上晴度、麦谷つき乃、村上直度、荒木心和 努力賞 大越綾乃」
 宮城県名取市上余田地区のピアノ教室の壁一面に、コンクールで入賞した子どもの名前が張られている。主宰する松崎英子さん(69)の指導を受けた生徒が、今年から続々と表彰されるようになった。「結果が付いてきてピアノが好きになった」。自信を深めた子どもの目が輝きを増す。
 教室はもともと、ピアノが得意だった松崎さんが1973年、古里の福島県富岡町で始めた。子どもたちがピアノを通して成長する姿が楽しみで、年月がたつにつれて教え子は数百人規模に。コンクール入賞者も多数、輩出した。
 松崎さんの「全て」だった教室は2011年、東京電力福島第1原発事故で一変した。自宅は原発から約6.5キロ。慣れ親しんだ土地を追われ、各地を転々とした。「生きるか死ぬか」という状況に、しばらくはピアノのことなど考えられなかった。もう教室は持てないだろうとも思った。
 長女(40)や孫(7)がいる名取市美田園地区の近くにと、岩沼市に移り住んだ12年に転機が訪れた。長女方近くに富岡町からの避難者がいたことなどからピアノ教師としての実績が広まり、近隣住民から指導の依頼を受けた。
 長引く避難生活による体調不安はあったが、支えてもらうばかりでなく地域に恩返しをしようと、長女方で教室を再開した。
 「この地の人として再出発しよう」と14年に上余田地区に自宅を構え、教室も長女方から移した。教え子には美田園地区の別の教室に通うよう諭したが、全員が付いてきてくれた。技量向上を受けて17年からコンクールに挑戦させ、今年は出場10人中9人が賞に輝いた。
 「生徒一人一人をわが子と考え、賞を取らせてやりたいと思ってやってきた。結果的に、少しは地域に溶け込めたのかな」
 富岡町の自宅周辺は帰還困難区域。今もバリケードに囲まれている。何よりピアノを教える子どもがいない。
 もう戻ることはないだろうが、新天地には自分を慕う4〜15歳の生徒が17人いる。名実共に名取のピアノ教師となった松崎さんは、地元の子どもたちと歩む今に幸せを見いだす。(岩沼支局・桜田賢一)


2018年07月26日木曜日


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