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<白球は未来へ>鶴岡野球教室の挑戦(下)大リーグで活躍 夢見る

全国で初めて内外野ともに天然芝を敷いた鶴岡ドリームスタジアム

 鶴岡野球連盟(鶴岡市)が運営する小中学生の民間クラブ「鶴岡野球教室」から、プロ野球ドラフトで指名される選手が相次いで育っている。かつては高校野球の甲子園大会出場もままならなかったような鶴岡の野球事情は一変。プロで活躍する選手が身近な存在になりつつある。少子化や野球人口の減少といった逆風の中、強化策を実らせてきた野球教室の挑戦を見つめた。(酒田支局・菊間深哉)

◎ベースボール

 山形県庄内町の会社役員安藤将士さん(31)は中学を卒業した2002年に米ハワイ州に留学。野球の強豪高校で、日本人初となる捕手での大リーグ入りを目指した。
 日本人捕手で初めて城島健司さん(42)がプロ野球から米大リーグに移籍したのは、その4年後のこと。安藤さんが15歳でベースボールの本場に飛び込むきっかけとなったのが、鶴岡野球連盟が運営する野球教室だった。
 連盟は1995年から約10年間、教室の中学3年生チームを毎年ハワイに遠征させていた。2001年に参加した安藤さんは現地の指導者だった故ノーマン・トウチさんに見込まれた。
 高校最上級生の4年生で、大リーグのドラフトで指名された先輩捕手の後を継いでハワイ州のベストナインにも選ばれたが、前任者との力の差に限界を感じて野球の道を諦めたという。
 「日々つま先立ちで歩き回れ。打球に対する1歩目の反応が速くなる。基礎を一瞬でも怠らない意識の違いが選手の力の差になる」
 トウチさんの指導法はこうした基礎の徹底だった。投打の基本動作も、人体がどう動くのが本来最もスムーズなのかを考えさせた。
 安藤さんは「日本は正しい投げ方や打ち方という『形』が先にあるが、トウチさんら米国の指導者は多種多様な体の使い方を教えて、うまく球を遠くに打ち返したり、速く投げたりさせる」と指摘する。

 「正しい形」を押しつけない指導は教室に引き継がれている。日本では上級者向けとされがちな「逆シングル」を、守備範囲を広げる上で必要なプレーとして小学生から教えるのもその一例だ。
 連盟の勝木正人副会長(68)は「選手の育て方から実戦的なプレースタイルまで、ハワイ遠征はじり貧だった鶴岡の野球を見直す転機になった」と振り返る。
 ハワイで受けた刺激は、教室の本拠地「鶴岡ドリームスタジアム」の誕生にもつながる。連盟の要望を全面的に取り入れて1999年に完成した球場は、雪深い冬に不可欠だった室内練習場を2カ所確保した上、全国で初めて内外野ともに天然芝を敷いた。
 連盟の渋谷益生会長(73)は「野球は本来、でこぼこでも天然芝の上でやるスポーツだ」と強調する。

 視線の先にあるのは教室出身の内野手の育成だ。走攻守どの能力も必須の内野手の強化は投手に比べても難しく、山形県内の強豪高校では正内野手は県外出身者が多い。
 大リーグで大成した日本人内野手も今のところいない。天然芝に対応できないのが原因の一つとされる。
 鶴岡の天然芝で育った内野手が大リーグで活躍する−。子どもたちが未来を見つめながら白球を追う「鶴岡ドリームスタジアム」には、そんな夢が託されている。


2018年07月26日木曜日


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