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<再生のキックオフ>Jヴィレッジ人模様(下)復興の予兆を感じて

フットサル教室で子どもたちを指導する松本さん=福島県広野町

 東京電力福島第1原発事故で対応拠点となったサッカー施設「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町、広野町)が28日、一部再開する。「復興のシンボル」としての期待を背負う再始動。関わり、見守る3人に聞いた。(いわき支局・佐藤崇)

◎地元フットサル教室コーチ 松本優子さん

 福島県広野町の臨時学校職員松本優子さん(59)は、NPO法人広野みかんクラブのフットサル教室で子どもを指導する。東京電力福島第1原発事故後、地元のサッカー少年は減った。「スポーツの魅力の発信拠点になってほしい」。Jヴィレッジ(楢葉町、広野町)再始動に期待する。
 Jヴィレッジでサッカーと出合った。
 「刺激的でしたね。ファンだったゴールキーパー川口能活選手ら当時の日本代表にも会えた。息子にもサッカーを、と思いました」
 長男は幼児からJヴィレッジのサッカースクールに通い、小学校で地元スポーツ少年団に入った。
 「スポ少で女子選手が増えて『女性指導者が必要』と誘われ、コーチになっちゃったんです。やってみたら、もっとボールを蹴りたくなって。スポ少の保護者とフットサル部をつくり、大会にも出場しました」

<一体感が楽しい>
 ボールを蹴る爽快感、みんなで追う一体感が「楽しかった」と笑う。
 Jヴィレッジを拠点にしていた中高一貫の選手養成機関「JFAアカデミー福島」(現在は静岡県に移転中)の男子寮でも働いた。
 「洗濯や掃除が仕事。みんな寮では普通の中高生。それがグラウンドではすごいプレーを見せるんです」
 サッカー中心の暮らしが原発事故でがらりと変わる。東京、いわき市と避難した。2011年秋、フットサル部のメンバーに思い切って声を掛けた。
 「いわき市の民間施設を借りて月1回、ボールを追い掛けました」
 広野町で練習を再開したのは12年春。約10人が顔をそろえた。
 「体育館に明かりがともった。うれしかったですね。ホームはいい、と」

<子どもこそ希望>
 同年8月、小中学校が町内で授業を再開した。当初の児童生徒は計96人で以前の5分の1以下。徐々に増えたが、チームスポーツの環境は今も厳しい。
 「みかんクラブに13年9月、他市町村の子どもも加入できるクラブチーム型の少年サッカー部を創設しました。それも加入者が減り、昨年から活動休止中です」
 広野中は生徒68人。以前の3分の1まで回復したが、サッカー部の復活はまだ。ただ指導するフットサル教室には幼児や小学生約40人が通う。希望だ。
 「原発事故から月日が経過した。以前の住民に『帰って来てほしい』と願う時期ではない。今の子どもたちにスポーツの楽しさを感じてもらうとともに、町外から子どもが集まってくる姿を目指したい」
 Jヴィレッジ再開は転機になる?
 「子どもたちに間近で一流のプレーを見せられる。サッカーに興味がないおじいちゃんもお母さんもご飯を食べに行けば、きれいな芝とスポーツがある。『復興が近づいた』と、感じられると思います」


2018年07月26日木曜日


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