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<白球は未来へ>鶴岡野球教室の挑戦 地域で20年成果生む

[にし・まさふみ]兵庫県尼崎市出身。同県尼崎小田高から大阪ガスに進み、守備位置は内野手。1988年ソウル、92年バルセロナ両五輪に日本代表として出場し、それぞれ銀メダル、銅メダルを獲得。93年に現役を引退し、大阪ガスのコーチに就任。2007年U−18(18歳以下)アジア選手権の日本代表監督。16年から現職。57歳。

 鶴岡野球連盟が運営する野球教室の出身者が、相次いでプロ入りしている。約20年前に始めた小中学生の強化策が、少子化などの逆風の中でも実を結びつつある。当初から指導に携わってきた社会人野球チーム「永和商事ウイング硬式野球部」(三重県四日市市)の西正文監督に教室への評価を聞いた。(聞き手は酒田支局・菊間深哉)

◎永和商事ウイング硬式野球部監督 西正文さんに聞く

 −教室に関わるようになったきっかけは。
 「1993年に現役を引退して間もなく野球の専門雑誌に守備に関する記事を書いたら、連盟が私の考え方に関心を持ってくれた」
 「毎年1、2回鶴岡市を訪ね、教室側の問題意識に合わせたカリキュラムを組んで小中学生と指導者にそれぞれ講習会を開く。夏には教室が関西や三重県に遠征に来るので、うちのチームで講習会を開いたり三重県や東海の選抜チームと試合をしたりする」

 −指導の方針は。
基礎をじっくり
 「どんなプレーでも強く、速く、そして正確にというのが基本だ。小中学生まではその徹底で十分で、神経系が発達する『ゴールデンエージ』のうちに体の使い方を覚えさせる」
 「誰もが高校までは野球をできるが、その後は社会人やプロに進むしかない。早く成熟させるよりも、短い野球人生を全うしたと思えるまで続けられる基礎を身に付けさせたい」

 −教室出身者のプロ入りが増えてきた。
 「教室の小中学生は早いうちに硬式球に触れる一方で、部活動などで軟式の練習もする。週末しか活動しないリトルシニアに比べてずっと体を動かしているので、強い体を作れる」
 「連盟は教室に加えて指導者のレベル向上を図る資格制度(ライセンス)も徹底しており、双方を合わせて成果が出始めている。今は高校進学時に有力選手が鶴岡から流出してしまっている状況ではないか」

 −少子化で野球人口が減っている。
役割より大きく
 「将来的にスポーツ少年団や部活動が停滞していくと考えると、教室が果たす役割はもっと注目されるべきだ。他の地域でこうした教室が20年以上も続く例は聞いたことがない。全国に広まればいいが、担い手がいないだろう。ボランティア精神で教室を続ける指導者の方々に頭が下がる」

 −教室は以前米ハワイ州に遠征を続け、多くを学んだ経験がある。
 「米国では小学生がシングルキャッチや逆シングル、ランニングスローといった日本では応用技術とされるプレーをする。日本でもゴールデンエージのうちに教え、体のパフォーマンスを最大限に発揮させていかなくてはいけない」
 「米国を含めて世界中で野球場の内野は天然芝だ。日本は甲子園の土への憧れが強いが総天然芝の球場は鶴岡ドリームスタジアムなど数カ所しかなく、内野手が米大リーグで通用しない。鶴岡の小中学生には日本独特の野球文化にとどまらず、国際的な野球の在り方を知ってほしい」


2018年07月27日金曜日


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