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<相馬野馬追>浪江からいざ出陣 8年ぶり神旗争奪戦も復活「伝統絶やせない」

相馬野馬追8年ぶりの浪江出陣に向けて準備する脇坂さん

 福島県相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」が28日、開幕する。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で休止していた浪江町にも本陣が立つ。騎馬行列や神旗争奪戦が町内で8年ぶりに復活する。旧相馬中村藩五つの「郷(ごう)」全てで開催がそろい踏みする。
 浪江、双葉、大熊3町を束ねる「標葉(しねは)郷」。浪江町出身の左官業脇坂博さん(69)は郷の副軍師だ。
 避難先の南相馬市の仕事場倉庫で、準備に余念がない。豊臣秀吉家臣の武将脇坂安治の流れを引く。継承する家紋「輪違(たが)い」の入った鐙(あぶみ)など馬具を調える。
 2011年3月11日、浪江町川添の会社から資材を取りに行く途中、激しい揺れに襲われた。町中心部の実家は2階が崩れた。
 14日昼前、自宅で爆発音を聞いた。第1原発3号機の水素爆発。上空のヘリが避難を叫んだ。国道114号を妻と飼い犬2匹と同町津島方面へ。ポケットに5万〜6万円を詰め込んだ。「すぐ帰れると思った」
 福島や伊達、二本松各市を経て南相馬市へ。7年4カ月が過ぎた。二本松の時に事業を再開。「先のことよりきょう。あしたのことはまたあした考えよう」。そんな気持ちだった。
 14年には本祭り祭場地の原町区の雲雀ケ原近くに倉庫を借りて仕事を続けた。「野馬追も浪江も忘れられなかったから」だ。
 全町避難は原発事故から6年たった昨春、帰還困難区域を除き解除された。「隣組は誰も戻っていない。普通の生活ができるかどうか。放射線量も心配」。帰町に踏み切れなかった。
 標葉郷の仲間たちも避難で散り散りになった。「諸先輩が守り抜いた伝統を絶やせない。武士(もののふ)の心意気だ」。県内外の避難先から苦労して出陣し、南相馬で合流してきた。
 今年は28日朝、浪江町中心部の中央公園で出陣式を行い、54騎の甲冑(かっちゅう)姿の騎馬武者らが中心部を行進。雲雀ケ原祭場地を目指す。29日の本祭りに参加し、夕方に浪江本陣に凱旋(がいせん)。中央公園で神旗争奪戦を行う。
 町の居住者は6月末で777人。震災前の約2万1000人に遠く及ばない。町内は家屋解体後の更地が目立つ。
 脇坂さんは言う。「8年ぶりの浪江本陣出陣。何とか盛り上げたい。震災で亡くなった方の供養にもなる。家々がなくなっても『ああ、ここに友達がいたんだな』と思うと、当日は涙が出るような気がする」


2018年07月27日金曜日


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