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<東北甲子園物語>秋田中OB、土作り奔走 「サクッとした感触」生みの親

甲子園の土の生みの親、石川をたたえる記念碑と、語り継ぐ地元の人たち=男鹿市の若美中央公園球場

 高校球児の聖地と言える甲子園の土。春夏の甲子園に出場した選手や監督は「スパイクがサクッと入る感触が忘れられない」と口をそろえる。この土の生みの親は、秋田中(現秋田高)野球部OBの石川真良(しんりょう)だ。
 1890(明治23)年、秋田県若美町=現男鹿市払戸(ふっと)=に生まれ、秋田中で投手として活躍。慶大に進み、米国遠征の一員にもなった。
 卒業後は阪神電鉄に入社。秋田中が準優勝した第1回全国中学野球大会(現在の夏の甲子園)から9年後の1924(大正13)年、阪神電鉄が甲子園を建設した際、工事監督員を務め、グラウンドの土作りを担当した。
 「全国から土を取り寄せていろいろ交ぜるなどして、水はけが良く、なおかつ、かさかさになって飛ばない土作りを目指した。自ら滑り込んで感触を確かめた。雨で練習がない日、そんな話を聞かせてもらった」
 戦後、石川が故郷に戻って払戸中野球部を指導した際、教え子だった戸祭実さん(83)=石川真良先生を讃(たた)える会副会長=は語る。
 晩年は八郎潟で釣りを楽しみ、69(昭和44)年に79歳で死去。没後30年の99(平成11)年、地元有志が若美中央公園球場に記念碑を建てた。「今日はきのうより、明日は今日より」。石川の言葉を刻み、甲子園の土も透明な板で覆って展示している。
 球場では石川真良杯争奪学童野球大会を毎年開き、功績を伝える。大会会長の三浦金悦さん(78)は「甲子園中継で球児が土を集める姿を見るたび、石川先生が作った土なんだと思う」と誇りにする。

 全国高校野球選手権が100回大会を迎える。甲子園で約1世紀にわたり繰り広げられてきた球児たちの熱戦。その舞台裏にある東北ゆかりの秘話を紹介する。(野仲敏勝)


2018年07月30日月曜日


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