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<10年後の被災地で 高校生と四川>(下)交流/出会い未来へ生かす

四川に暮らす同年代の生徒と、交流会で親睦を深める宮城の高校生ら

 在新潟中国総領事館主催による日中交流事業で、宮城県内の高校生23人が今月中旬、中国・四川大地震の被災地などを訪問した。東日本大震災を経験した高校生は、発生から10年を経た現地で何を感じたのか。地震遺構の見学や人々との交流を通じ、将来を見つめる生徒らの姿を伝える。(報道部・菊池春子)

 「ドッコイショー、ドッコイショー」。宮城工高の生徒らによるソーラン節をアレンジした踊りに合わせ、四川の生徒らが熱い拍手と掛け声を送る。
 2008年の中国・四川大地震の震源地・〓川(ぶんせん)県の〓川青少年活動センター。7月11日、東日本大震災を経験した宮城県内の高校生訪中団と、地元の「七一映秀中学」の生徒らの交流会があった。
 「大地震の際に支援してくれた日本の友人たちに感謝したい」。熊作富校長(47)のあいさつに続き、日中の若者は交互に民族舞踊や歌、文化紹介のクイズなどを披露し、親睦を深めた。仙台東高の生徒らが、震災後に作られた合唱曲を歌うと、涙を浮かべる中国の生徒もいた。
 映秀中6年許超さん(17)は「活気あふれる発表はとても素晴らしかった」と感激した表情を見せた。映秀中学は6年制で、日本の高校3年に当たる許さん。小学生の時、学校の運動場で地震に遭遇した。「地面も山も激しく揺れ、地球がひっくり返るかのようだった」。あの日の衝撃は忘れられないという。
 被災後、再建された中学で学ぶ。元の校舎は震災遺構となった。「災害から生き残った者には必ず幸福がある。互いに発展していこう」。許さんは、共に大きな災禍を経験した同年代に呼び掛けた。

<同世代から刺激>
 宮城の高校生も、〓川の生徒に共感を寄せた。津波で校舎が被災した宮城農高2年宗形未海(みう)さん(16)は「震災後に入学した立場は同じ。見聞したことを仲間に伝えたい」と強調。3月まで仮設校舎で過ごし、不便もあったが、中国の若者が精いっぱい取り組む姿に奮起させられた。
 マーチングバンドで活動する仙台東高3年川村海琴(みこと)さん(17)は「少数民族の舞踊や伝統文化に感銘を受けた」と話し、〓川の生徒による熱いパフォーマンスに刺激された。終了後は全員でダンスをしたり、写真を撮ったりした。

<両国の懸け橋に>
 日中交流の未来に向け、懸け橋となる芽も育まれつつある。「中国語をもっと上達させたい」。仙台育英高2年末永妃菜さん(16)は、四川訪問を通じて意欲が強まった。
 石巻市渡波地区に生まれ育ち、水産関係で働く中国人を身近に見てきた。外国語コースで学んだ中国語のフレーズや単語を交え、現地の生徒と会話。日本のLINE(ライン)に当たる中国の通信アプリを活用して交流し、おいしかった食べ物などの情報を交換し合う仲になった。
 震災で大きな被害があった家業のカキ養殖は、国内外からの支援で復興へと向かう。異国の被災地を訪れて見聞きした経験に、進路を模索する自分の背中が押されたように感じた。
 「中国語圏の人々に日本語を教える仕事に就きたい」と話す末永さん。出会いを糧に将来を見据える。

[宮城の高校生訪中団]日中友好促進の一環として、宮城県内4校の高校生23人が7月8〜15日に中国を訪問。四川大地震で被災した地域のほか、北京、上海両市の学校や文化遺産などを巡った。在新潟中国総領事館の招きによる東北からの高校生派遣は2年目で、昨年は福島県の生徒らが現地を訪れた。

(注)〓は「さんずい」に「文」


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2018年08月01日水曜日


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