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<戊辰戦争150年>佐土原藩士を手厚く供養した縁 大仙と宮崎、深まる交流 相互訪問、記念酒造りも

戊辰戦争で亡くなった佐土原藩士の慰霊碑=大仙市協和境の万松寺

 秋田戊辰戦争の激戦地大仙市と、新政府軍側で参戦した佐土原藩があった宮崎市が交流を深めている。大仙市協和の境地区で戦死した佐土原藩士8人は現地の万松寺に一時葬られ、住民が手厚く供養した。150年前の悲劇を縁にして中学生や市民が相互訪問し、交流を記念した日本酒を造る事業も大仙市で進む。

 戊辰戦争から124年後の1992年、佐土原町(現宮崎市)の墓参団が万松寺を訪れたのをきっかけに交流が始まった。
 2001年に協和町(現大仙市)と佐土原町が有縁交流協定を締結した。市町村合併後は大仙市が人口約8万、宮崎市が約40万と都市の規模こそ異なるが、どちらも協定を引き継いだ。
 両市の物販施設では互いの特産品を販売。10年には佐土原藩士の慰霊碑が万松寺に建立された。今年は大仙市の事業として協和の酒米農家と酒造会社が記念酒を製造し、両市の交流を全国にアピールする予定だ。
 民間や中学生の交流も活発になり、協和には「さどわら会」、佐土原では「きょうわ会」と相手方の町の名を付けた有志団体がそれぞれの地で発足。大仙市の中学生が宮崎市を訪れてサーフィンを体験し、宮崎市の中学生は大仙市でスキーを楽しんだ。
 行政レベルでは、戸敷(とじき)正宮崎市長が今月19日に大仙市で開かれるシンポジウム「近代への道程 戊辰戦争と人びと」に出席。10月下旬には老松博行大仙市長が宮崎神宮大祭を視察する。
 老松大仙市長は「交流協定を友好協定に発展させたい」と意欲を示す。宮崎市佐土原総合支所の高橋通郎地域市民福祉課長も「8人の藩士を供養していただいた恩を忘れず、さまざまな交流を続けたい」と話す。

[佐土原藩]薩摩藩の支藩で藩主は島津氏。戊辰戦争時は2万7000石。宮崎市北部の旧佐土原町に藩庁を置いた。戊辰戦争では新政府軍に加わって伊勢、会津などを転戦。「境の戦い」では藩士約100人が庄内藩を中心とする奥羽越列藩同盟軍と交戦した。


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2018年08月07日火曜日


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