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奥松島オルレと再興歩む 東松島宮戸島ガイド・木島さん、被災後たった1軒残った自宅でコース開設待つ

オルレ奥松島コースになる稲ケ崎公園で地形や浜の生活を説明する木島さん

 宮城県東松島市宮戸島を巡る韓国版トレッキングコース「オルレ」奥松島コース(約10キロ)の10月オープンを心待ちにする住民がいる。地元で観光ボランティアのガイドを務める島育ちの木島新一さん(68)。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた集落でたった1軒残った自宅に住み、地域の新たな出発と再興を見守る。
 標高三十数メートルの稲ケ崎公園。松島湾内に浮かぶ島々が見渡せる。オルレ発祥の韓国・済州島から7月上旬、認定機関の幹部ら9人が視察に訪れた場所だ。
 風光明媚(めいび)な宮戸島の中でも、木島さんお薦めの景勝地。「昔は向かい側に見える島に田んぼを作り、ここから稲の様子を見ていた」。地名の由来を誇らしげに語った。
 木島さんは元市職員。2007年4月に開館した宮戸市民センターの初代センター長を務めた。就任後、観光振興に力を入れ、里浜、月浜、大浜、室浜の島内4地区の住民とまちづくり委員会をつくった。
 普段は接点が少ない四つの浜だった。「島全体で協力して組織したのが良かった」と木島さん。名所8カ所を選定し、09年9月に「新宮戸八景」として発表。観光促進に向け八景のPRに力を入れ始めた頃、震災が起きた。
 木島さんの自宅は島北端の潜ケ浦(かつぎがうら)集落にある。津波は一帯を襲い、地元の5人を含む7人が犠牲に。8世帯あった住宅のうち、高台にあった木島さん宅だけが残った。家は地震で傾き、妻(68)と塩釜市のみなし仮設住宅に身を寄せざるを得なかった。
 古里の災禍にショックは大きかった。「もう宮戸には住めない」。諦めかけていたとき、震災後初めて長女(40)が帰郷した。「実家がなくなっちゃうのか…」。娘がさみしげに話す姿を見て、心が揺らいだ。
 「元気なうちは家を守っていこう」。木島さんは気を取り直し、自宅を修繕した。敷地内には犠牲者を弔う供養碑を設けた。花は今も絶やさずにいる。
 オルレ奥松島コースは10月8日に開設される。木島さんの願いが通じ、コースには新宮戸八景のうち4カ所が組み込まれた。
 「震災後、ここに住むと決めてからは宮戸への恩返しをしようと思った。自慢の景色を見てもらうのはうれしい。これからはみんなでオルレを盛り上げていきたい」
 木島さんは古里にエールを送り続ける。


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2018年08月20日月曜日


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