秋田のニュース

<戊辰戦争150年>秋田藩 指揮権なき戦い 大仙でシンポ、仙台・庄内の視点も紹介

秋田戊辰戦争の実態を議論したシンポジウム

 秋田藩領が戦場となった秋田戊辰戦争の実態を、秋田、仙台、庄内各藩の視点から研究者が議論するシンポジウム「戊辰戦争と人びと」が19日、大仙市の大曲市民会館であった。市主催で約200人が参加した。
 秋田戊辰戦争は奥羽越列藩同盟からの秋田藩離脱を契機として1868年夏から約2カ月間、同盟軍と新政府軍が交戦した。仙台、庄内藩など同盟軍は久保田城に迫ったが、東北南部の戦況が悪化して兵を引き上げた。
 秋田県立博物館の畑中康博学芸員は「自領に敵を引き入れた防衛戦争だったのにもかかわらず、秋田藩の藩庁は軍事指揮権も前線の人事権も失っていた」と述べ、新政府軍に組み込まれた戦いの様子を示した。
 仙台藩の支藩一関藩は仙台藩の指揮を嫌い、庄内藩大隊の指揮下に入った。東北大大学院文学研究科の栗原伸一郎学術研究員は「仙台藩の指揮系統もかなり混乱があった」と指摘した。
 上山城郷土資料館(上山市)の長南伸治学芸員は明治20年代と大正時代に出版された戊辰戦争関係の文献を解説し「薩長や秋田の視点から描かれた史観に庄内の人々が動揺している姿がうかがえる」と語った。


関連ページ: 秋田 社会

2018年08月20日月曜日


先頭に戻る