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<甲子園−103年前の決勝は>秋田中(現秋田高)が京都二中にサヨナラ負け

 秋田県勢の決勝進出は、1915年の第1回大会の秋田中(現秋田高)以来となる。103年前は延長十三回の熱闘の末、京都二中にサヨナラ負け。「優勝旗の白河の関越え」という東北勢の悲願が生まれた瞬間だった。
 秋田県高野連発行の野球史などの資料によると、決勝は秋田中が七回、6番丹の適時打で先制。八回に失策から追い付かれて延長戦に突入した。延長十三回も守備の乱れから失点。1−2でサヨナラ負けを喫している。先発長崎は12回1/3で10奪三振の力投だった。
 第1回大会は全国から10校が参加。東北代表の秋田中は山田中(三重)早稲田実業(東京)を破り、決勝に駒を進めた。決勝の舞台となった豊中球場(大阪府豊中市)は陸上競技との併用で、スタンドは仮設。グラウンドと客席はロープで区切られただけだったと伝わっている。


2018年08月21日火曜日


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