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<仙台市人口初の自然減>産業創出、若者定住に力を 問われる都市の総力戦

 仙台市の人口は2017年、自然減に転じ、1947年以降初めて死亡数が出生数を上回った。2020年ごろには社会増減を含め、人口減少局面に入るとみられる。出生率を上げて自然減の拡大スピードを緩やかにしつつ、若者らの社会減をいかに抑えるか。市には東日本大震災のポスト復興をにらみながら、新産業の創出や子育て世代の定住に向けた施策の展開が求められる。(報道部・吉田尚史)

 自然減になった仙台市の人口は全体ではプラスで推移している。主に転入から転出の数を差し引いた「社会動態」で社会増になっているためだ。
 住民基本台帳によると、最近の社会増のピークは震災直後の12年で9373人。17年には2124人まで減少した。市は総人口が20年ごろをピークに緩やかに減少すると推計する。
 人口減のテンポを抑えるための最優先の課題は、「学都仙台」の宿命とも言える首都圏への人材流出だ。仙台の大学などに進学しても、就職で離れることが常態化している。
 国の「地域経済分析システム(RESAS)」のデータによると、1980年と90年、2005年を基準年に、市の各世代で5年後の転出入数の差を見た場合、10〜14歳、15〜19歳の両階層で8000〜2万人近くの転入超過だった。逆に20代前半は転出の方が多かった=グラフ上=。
 この傾向は1980年代以降、ほぼ変わらず、人口の「ダム機能」を担保する有効な手だてを見いだせないことがうかがえる。
 市政策企画課は「東京一極集中に歯止めがかかっていない。労働力不足で売り手市場のため、東京に流れやすい」と頭を悩ませる。
 同じ政令市でも対照的なのは浜松市=グラフ下=。10代が転出超過で、20代が転入超過となっている。浜松市企画調整部は「大学進学で浜松を離れた学生が、就職で戻ったとみられる」と推測する。
 両市とも東京から新幹線で約1時間半の距離だが、産業構造や県内の大学の定員数などは異なる。浜松市には自動車・オートバイ関連企業など製造業が集積し、同市は「ものづくりのまち」を前面に掲げる。
 人口減を緩やかにする基盤づくりには、企業や研究機関の立地や若者の起業促進などを、子育て世代の定住に結び付ける必要がある。首都圏ではなく仙台市を選んでもらう幅広い施策の展開が欠かせない。自然減と社会減への対策の両立。教育環境や通勤の利便性など、街の個性をトータルでアピールする「都市の総力戦」(市幹部)の発想が、これまで以上に問われる。


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2018年09月04日火曜日


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