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震災直後に義援金とともに届いた台湾の少女のメッセージ 「感謝伝えたい」気仙沼の男性7年保管、ついに対面果たす

チャンさん(右)と対面した宮川さん=8月27日、台湾・花連市
宮川さんが7年間持ち続けたメッセージ。左下にチャンさんの名前があった

 東日本大震災の津波で自宅を流された宮城県気仙沼市唐桑町の介護ヘルパー宮川聖徳(なりあき)さん(58)が先月、震災直後に励ましのメッセージを寄せた台湾の女子高校生と現地で対面し、感謝の言葉を伝えた。7年間大切に保管し、いつか直接お礼を言いたいと思い続けていた宮川さんは、「奇跡のような話。夢がかなった」と感慨深げだ。

 宮川さんが対面したのは台湾・花蓮市の高校2年チャン・チーユーさん(16)。先月27日、チャンさんが通う市内の高校で会った。小学3年の時に書いたメッセージを見せられたチャンさんは「まさか日本から会いに来てくれるとは思わなかった」と感激。宮川さんも「夢のようだ」と涙を浮かべて感謝を伝えた。
 メッセージは縦10センチ、横3センチほどの紙に書かれており、2011年夏に台湾の慈善団体から義援金とともに届けられた。宮川さんは津波で自宅が全壊し、みなし仮設住宅で暮らしていた。意味はよく分からなかったが、「健康」「祝福」などの文字から復興を願う内容だと受け止めた。
 30代の頃に本で読んだ「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻め」との言葉を座右の銘にしていた宮川さんは、「震災で受けた世界中の支援を一生忘れずに生きていくためにも、メッセージは大事に持っておこう」と決めた。
 紙をセロハンテープで補強し、ひもを付けて車のバックミラーに飾った。左下に記された名前を見るたび、感謝を伝えたいとの思いが強まった。
 昨年冬、願いをかなえる可能性が見えた。被災地支援で唐桑町を訪問した神戸市の楽団にメッセージについて説明すると、18年夏に台湾で開く演奏会に同行するよう誘われた。
 宮川さんは台湾行きを決意し、慈善団体の日本支部などを通じて執筆者を探した。協力を要請された台湾のテレビ局が、チャンさんを見つけ出した。
 学校の歓迎式典も含め約2時間の対面を楽しんだ宮川さん。「感謝の気持ちを持ち続けたことが、今回のような奇跡の出会いにつながった。彼女が日本に来る機会があれば何らかの形で支えたい」と語った。


2018年09月06日木曜日


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