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<東日本大震災 復興人>妻子と帰村、酪農再開 牛引く手に迷いなし

牛の世話を始める哲次さん(右)。「原発事故で飼えなくなった牛たちの分までかわいがる」と語る=13日、福島県葛尾村

◎福島県葛尾村・牧場経営 佐久間哲次さん(42)

 かつての130頭と比べれば、はるかに少ない。それでも念願の8頭だ。牛を引く手に自然と充実感がみなぎる。
 「これほど時間がかかるとは思わなかった。空っぽだった牛舎に、やっと息遣いが戻った」
 福島県葛尾村の佐久間牧場に13日、乳牛が到着した。佐久間哲次さん(42)が2日前、北海道の十勝地区家畜市場で競り落とした。
 東京電力福島第1原発事故で全村避難となった葛尾村の避難指示が一部を除いて解除されてから2年3カ月。村内では初の酪農再開となる。
 「11月の試験搾乳で安全性が確認されれば、年明けにも牛乳の出荷ができる」。哲次さんは冷静だ。

 牧場は1976年、現社長で父の信次さん(68)が始めた。長男の哲次さんは田村高を卒業後、札幌市の農業専門学校で酪農を学んだ。20歳で実家に戻った。
 自前の牧草や飼料で受胎率をコントロールし、雌が産まれる割合を高める技術の習得に挑戦。規模拡大とチーズの加工・販売など6次産業化を進めた。
 積極的な経営スタイルを確立しつつある時、原発事故が襲い掛かった。
 世話ができず、130頭のうち10頭が死んだ。95頭は食肉処理を余儀なくされた。北海道の牧場に預けた25頭も最終的に手放した。
 決して諦めなかった。
 「このまま終わるわけにはいかない。華麗なる復活を果たす」
 2011年6月、農協関係の会合後、激励してくれた仲間たちの前で誓った。
 まずは足場固めから始めた。翌12年に牧場を法人化。トラクターなどを除染工事に使う機材として貸す事業に乗り出した。
 再開が視野に入った昨年秋、飼料用トウモロコシの栽培準備に着手。施設整備を見据えた敷地造成にも取り組んだ。自宅も新築して今年4月、妻、子ども4人と共に避難先の郡山市から帰村した。

 酪農を取り巻く環境は原発事故前より厳しい。1頭60万〜80万円だった乳牛は高騰が続く。哲次さんは年度内に70頭規模まで増やす方針。導入費などは日本政策金融公庫や農林中央金庫からの融資1億円で賄う予定だ。
 村内の居住者は320人(1日現在)。住民登録者1424人の22.5%で帰還は進んでいない。
 「自分たちの世代が村を引っ張るしかない。ここで生活し、なりわいとしてやっていけると示したい」
 1億円の融資を受けるのは初めて。社員2人も雇った。後戻りはできない。
 「いばらの道でも持っている技術をフル活用する。どこにも負けない酪農の形を追い求めていく」
 不惑の40代。再起の酪農家に迷いはない。(郡山支局・岩崎かおり)

◎描く未来図/新しい農業の確立

 新しい農業経営のスタイルを確立し、若い世代に伝えて住民の帰村につなげたい。地域の稲作、畑作、酪農、畜産の生産者がつながる耕畜連携を進めたい。牧場は5年後に300頭規模にし、雇用も10人に増やしたい。女性たちも一緒に働いてほしい。酪農技術を磨き、目標とされる牧場にしていく。


 東日本大震災と原発事故から7年半。一人一人の心に、それぞれが思い描く復興の未来はある。幾多の困難や苦しみを乗り越え、前へと歩む復興人(びと)の姿とともに、明日への希望を紡ぎたい。


2018年09月15日土曜日


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