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<ニュース深掘り>震災遺構「旧門脇小」住民と議論尽くしたか

震災遺構「旧門脇小」の基本設計案を基に作った模型

 石巻市が東日本大震災の遺構として保存する旧門脇小の取材を続けている。校舎や校庭など敷地全体の設計を考える時期に来ているが、基本設計案を巡る議論の過程では住民の意見が反映されず、不満が噴出する場面があった。市にはいま一度、地域住民や震災伝承に携わる市民の声に耳を傾け、丁寧に議論を進める姿勢が求められる。
 市と住民の認識のずれが露呈したのは、両端を解体して部分保存する校舎の形だった。
 6月のワークショップ(WS)で東西を3対2の左右非対称に残す計画素案が示されたが、地元の町内会長は「左右対称にするよう何回も言っているのに、なぜ反映しないのか」と異を唱えた。
 住民が慣れ親しんだ現在の校舎は左右対称だ。「一部を解体するならせめて思い出の姿をとどめてほしい」。出席した他の住民からも同様の意見が相次いだ。
 市は翌7月、2回目のWSで校舎の保存方法を左右対称に修正した。住民の要望を受け入れた格好だが「左右対称に」という意見は昨年3月、亀山紘市長が中央部分だけ残す方針を説明した段階で出ていた。
 なぜ、住民の意見を反映してこなかったのか。問題の本質は、市と住民の信頼関係が築けていない点にある。
 両者が認識を共有するチャンスはあった。昨年8月、市と地元町内会が調整を要する点について非公開の打ち合わせをした時だ。
 市側は体育館の活用や校庭の駐車場整備に関して意見を求めた。共に2016年度の検討会議で結論が出ていなかった部分で、肝心の校舎を残す範囲の擦り合わせはなかった。
 打ち合わせの前、市の担当者が「住民とキャッチボールしたい」と意気込んでいた姿が印象に残る。納得いくまで意思疎通を図るのかと期待した。しかし、複数回を想定していたはずの会合は1回で終わった。
 門脇小の遺構保存を巡っては、住民組織の復興街づくり協議会が解体を望んだ経緯がある。ただ住民の間でも賛否があり、アンケートや公聴会などを踏まえ、最終的に亀山市長が部分保存の方針を決めた。
 遺構保存に反対した住民の中には意見が通らず、歯がゆい思いを重ねた人も少なくない。今年のWSに2回とも参加しなかった男性は「行ってもしょうがないと思う人は多い。声なき声はある」と語った。
 市は今後、基本設計を仕上げ、実施設計の検討に入る。住民との溝をどう修復するか。2回のWSと今月1日の市民説明会で解決の糸口は見えなかった。
 この先、同様の意見交換の場は予定されていない。説明会の出席者が「WSはもう開かないのか」と問うたのは、議論に欠けるとの印象を持ったからだろう。
 震災遺構とする以上、より良い施設にしたいとの思いは関係者に共通する。震災で起きた事実や教訓を後世に伝えるには、地域住民や市民の協力が不可欠だ。市は意思疎通を十分に図れていない現状を省みて、信頼関係を構築して遺構整備を進める必要がある。(石巻総局・鈴木拓也)

[旧門脇小]鉄筋コンクリート3階の校舎は被災地で唯一、津波火災の痕跡を残す建物とされる。学校管理下の児童や校舎に逃げて来た地域住民は近くの日和山に避難して無事だった。震災後は門脇中の校舎を借り、2015年3月に閉校。校舎の他に特別教室棟や体育館も震災伝承施設として活用し、学校生活の思い出や被災時の避難行動などを展示で伝える。19年度中の遺構整備完了を目指す。


2018年09月17日月曜日


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