宮城のニュース

<メガホン>講義

 夕方の「講義」は1時間を超えても熱を帯びていた。日本サッカー殿堂入りした元日本代表の加藤久さん(62)=宮城県利府町出身=へのインタビューは、まるで授業を受けているかのようだった。
 「あの頃は忙しかった。『忙』の文字通り、心が亡くなっていた」
 Jリーグ発足当初、サッカー選手と早大助教授の二つの顔を持って注目された。当時は日本協会の仕事まで受け持つ多忙ぶり。「忙しさ故に目の前の人に誠実に応対していなかった」と反省を込めた。
 小中学校の9年間、牛乳と新聞配達が朝の日課だった。「おかげで(多忙な現役時代も)息抜きが要らなかった。体が頑丈で、気持ちがタフだった」。人間力を盛んに唱えるいまのスポーツ界。「加藤先生」は昔から当たり前のように備えていた。
 どんな人材が日本代表に向いているか質問した。「どれだけ我慢強いか、逆境に強いか。技術なんてそんなに変わらない」と答えてくれた。
(剣持雄治)


2018年09月18日火曜日


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