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3.11「未来見詰め希望語る日」に 震災で父亡くした学生、動画で思い発信へ

プロジェクトのメンバーらと打ち合わせをする高橋さん(右)

 東日本大震災で父親を亡くした東北芸術工科大1年高橋知輝さん(19)=宮城県南三陸町出身=が、夢や希望を語る被災地の若者の姿を震災から8年になる来年の3月11日に、動画投稿サイトで発信する準備を進めている。多くの被災者がつらい記憶に苦しむ3.11を「若者が未来を見詰める日に変えたい」と思ったからだ。西日本豪雨や北海道の地震で被災した人たちにも見てもらいたいと願う。
 取り組みは、山形市にある同大に入学して間もない今年5月、身近な社会の課題を考える授業が出発点になった。
 授業で高橋さんは「被災者が憂鬱(ゆううつ)になる3月11日を変えたい」という素直な気持ちを課題に設定。大学で出会った友人たちと話し合いながら、動画発信のアイデアを形にしていった。
 活動をプロジェクト「僕らが!」と命名。高画質ビデオカメラの購入費用など十数万円をクラウドファンディング(CF)で確保し、近く撮影に入る予定だ。
 南三陸町志津川の自宅で両親、祖母、兄と妹の6人暮らしだった高橋さん。震災の津波で町職員だった父文禎さん=当時(43)=を失い、「毎年3月11日が近づくと暗い気持ちになっていた」と言う。
 震災の記憶から逃れたくなり、中学卒業と同時に地元を離れて宮城県利府高に進学し、野球部に入部。幼い頃に野球を始めたのも審判員資格を持つほど野球好きだった文禎さんの影響だった。
 野球をしている時だけは心が晴れたが、3年の夏を前に右足首を骨折。レギュラー争いに加われずに夏が終わり、父とのつながりを失ったような寂しさに襲われた。
 途方に暮れて迎えた夏休みに帰省し、高台にある母校の志津川中を訪れた。新しい道路や住宅が次々に姿を現す古里は、立ち止まったままの自分とは対照的だった。「亡くなった人の分までやるべきことをやろう」と前を向くことができた。
 高橋さんは「被災者だからこそ伝わるメッセージがあると思う。将来は南三陸に戻り、地域を盛り上げていきたい」と話す。
 プロジェクトのフェイスブックページはhttps://www.facebook.com/Takatomo1818/


2018年09月25日火曜日


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